19歳で上京した私が一番最初に住んだところは正確には東京ではなく、埼玉は川口市。川口駅から歩いて30分もかかる、親戚のおばさん(母の祖母の妹)のマンションだった。
家賃3万という好条件。ところが貯金は無いしアルバイト先も当然見つかっていない無職のため、しばらくは母に甘えて家賃を払ってもらっていた。情けない話である。
初めての夢の東京生活(ということにしておいてほしい)は出だしからあまりよろしくなかった。なんせバイトが見つからない。探そうにも地方に比べると求人の数が圧倒的に多すぎて、何を基準にどれを選んだらいいのかまるでわからなかった。当時の自分が持つ経験といえば100均ショップでの接客しかなく、今もそうだけど自動車の免許はもちろん何らかの資格も持っていなかった。絶望的にすら思えた。
できることならば接客はもうやりたくなかったので、一見楽そうなオフィスワークがいい。とは思ってもどこも経験者優遇と記載してある。持たざるものは「経験者優遇」という字面に萎縮してしまう。それでもなんとかタウンワークみたいな求人サイトでぽちっと応募ボタンを押してもその後かかってくる電話が怖くて出られない。そのうち応募することすらできなくなってしまい、なんだか自分は思っている以上に社会で必要とされていなくて生きる価値もない人間に感じられ、日に日に心が病んでいった。
見るだけで3万円?目に入った求人広告
「自分を雇ってくれるところなんてこの世に存在しないのでは」
そんな被害妄想を加速させていく頃、なんだか好条件に思える求人が偶然目に入った。
”見るだけで3万円!”
キスもフェラもしなくてオッケー。男の人が自分のものをしごくのをただ見るだけで3万円ももらえる。東京にはこんな楽な仕事があるのか。一瞬だけ希望を取り戻したような気がした。
早速求人に応募して面接をすることにした。普通風俗の求人のほうが怖くて行動起こせない気がするが、人間病むと認知が歪んでおかしな方向へは妙にアクティブになりがちなのである。
場所は池袋。事務所はわかりにくいところなのか住所を表に出せないからなのか、今はなき東急ハンズの近くにある郵便ポストの前で待ち合わせをすることとなった。しばらくするとでかいハットをかぶったお兄さんがやってきて、案内してもらうとそこは薄暗くて狭い事務所。簡単な面接をし(といっても身分証のコピー取ってどういう仕事をするのか簡単に説明されるだけ)、それで一通り話が終わるとお兄さんが「じゃあ実際にやってみようか」と言って立ち上がる。一瞬戸惑うも最寄りのラブホテルへ一緒に向かった。
いわゆる講習という名目で私がやらされたというか受けたのは夜這いプレイだった。見るだけとは? 部屋に入って自分がシャワーを浴びたあとはベッドに入り下着姿になった状態で目隠しをして、それから相手がシャワーを浴びに行って戻ってきたときにプレイがスタートするという。夜這いプレイというか目隠しして相手がやってくるのを待っているだけなのだが、やってることは普通のセックスだ。本番は無いというだけで。
講習を受けるとすぐさま帰り支度に入り、私はそのまま池袋駅の方へ向かってとぼとぼと歩いた。具体的にいつから働く、という話も特に無かった。されるがままである。
「あのお兄さんが単に若い娘に手マンしたかっただけなのでは?」と今は思うけど、当時の19歳の自分は何がなんだかよくわかっていなかった。なんだか汚れた気がするし大切な何かを失った気はしたものの、自分がどれだけ社会を舐めきっていたか思い知らされてなんだか少し清々しい気持ちにすらなったのは今でもよく覚えている。
「もっと人に優しくしよう」
なぜだか本気でそう思った。だからなのか、私はあの日を境にコンビニや飲食店の店員に「ありがとうございました」と言えるようになった。都会で揉まれるってこういうことをいうんだな……漫画や映画のようで悪くはないじゃないか。そう前向きに捉えた。
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