• special
  • 2016.11.23

コーヒーと拘束プレイは似ている!?全人類は苦痛のトリコ/脳研究者・池谷裕二さん(後編)

特集『「支配されたい」の正体』にあわせ、脳研究者として多数の著書を出版した東大教授・池谷裕二先生にお話を伺いました。おしっこすると気持ちいいのも、コーヒーがおいしいのも、ゴジラが面白いのも、セックスが快感なのも(!)、すべてはマゾだから?「人間は生まれたときから支配されている」という興味深いお話です!

AM 特集 支配されたい 脳研究 池谷裕二
脳研究者・池谷裕二さん

 束縛されたいと思ってしまうのはなぜか。誰かから支配されるとなぜ心地いいのか。前編では、脳研究者の池谷裕二先生(以下、池谷)に支配と恋愛感情について伺った。では、セックスではどうだろうか。セックスにおいては、男性が支配し、女性が支配される、という構図が浮かびやすくもある。

苦痛を快感に錯覚させる脳の仕組み

――セックスにおける支配・被支配といえば、SとMがありますが、これはどういった仕組みで快感なのでしょうか?

池谷:マゾヒズムにおける快感は、負からの差分によって生じる快感です。例えば、僕は犬を飼っていますが、犬が一番喜ぶのは、単にご飯をもらう時ではなく、大嫌いなお風呂から出た瞬間なのです。

――ご飯をもらうだけだと、感情がゼロからプラスに動くだけですが、大嫌いなお風呂からのご飯だと、感情がマイナスからプラスに動いて振れ幅が大きい、ということですね。

池谷:そう。その差があればあるだけいいんです。平生の状態からプラスの側にいっていなくても、低いマイナス点から、一気にゼロに戻るだけでも快感なのです。おしっこも、出すときすっきりしますが、実のところ排尿は、液体が高速で尿管を通り抜けるので、痛覚に悶絶するはずなのです。

――そうなんですか?

池谷:赤ん坊はおしっこしたら泣きますが、実は、した後におむつが気持ち悪いからではなく、おしっこする直前や最中に生理的な不快感を抱いて泣いているのです。ですが、大人になる過程で、おしっこをすると気持ちいいことがわかってきます。このように不快のあとに大きな快感が訪れるとわかると、尿意自体が気持ちよくなってくるのです。あんな細い尿道からすごい勢いで液体が飛び出すので、本来は摩擦で痛いはずなんですよ。

――なるほど。脳にうまく騙されてるんですね。

池谷:おしっこを出している間、「痛い」という信号と同時に、「痛くないと思え」という信号も発されます。これは脳の特徴なのですが、痛みを感じたときに、痛い神経と痛くない神経信号が同時に走るんです。たとえるなら、アクセルとブレーキを同時に踏むような感じです。「痛くないと思え」というブレーキ信号がやや強く踏まれた状態ですと、全体としては快感になります。
ランナーズハイも同じ仕組みです。マラソンはどう見ても、本来は苦痛なはずです。脚に過度な負担がかかっていますからね。ですが走っているうちにブレーキのほうが強くなり、気持ちよくなるのです。

――そうだったんですね。マゾヒズム体験がこんな身近にあったとは……。

レイプファンタジーに興奮するのはなぜ?

――リアルなマゾヒズムではなく、妄想の世界ではどうでしょう? 昨今、女性向けのアダルトコンテンツはたくさんありますが、なかでも「レイプファンタジー」は人気の高いジャンルなのだそうです。

池谷:実際のレイプとなると論外なのに、妄想の中では快感ということですね。ホラーやSF、サスペンスなどのフィクションを楽しむことにも近いんですが、現実ではないとわかっていることを想像するのは、実は気持ちがいいんですよ。ゴジラがそこらへんを歩いていたら大パニックですし、ドラえもんだって実際、いきなり机の引き出しから現れたら、大変な恐怖ですよね。ゴジラもドラえもんも、現実ではないとどこかで思っているから脳の中で快感に変わるのです。

人間はみんなマゾ

AM 特集 支配されたい 脳研究 池谷裕二
脳研究者・池谷裕二さん

池谷:ところで、普段コーヒーやビールは飲まれますか?

――はい。

池谷:コーヒーなんて本来はただ苦いだけの飲み物ですよね。最初飲んだときは、「なにこれ!」と思いませんでしたか?

――確かに、最初は嫌いでした。

池谷:これも、飲んでいるうちに「苦くないと思え」というブレーキが強くなるんです。するとだんだん、コーヒーの苦さがたまらなくなり、おいしく思えてきます。

――コーヒーもビールもマゾの飲み物なんですね。

池谷:僕らは基本的にみんなマゾですよ。手錠かけられたり縛られたりすることが特殊な趣味だ、と言われますが、誰しもその要素は持っているのです。あ、そうは言ってますが、僕は別にやってないですからね。それだけは誤解しないように。

――(笑)

池谷:しかしながら今後、自分がロウソクをたらされるのが好きになったとしても、不思議ではないです。なぜなら、私もビールやコーヒーが好きですし、排尿も気持ちよく感じますから。そもそもセックスにしても、性器の摩擦ですから本当はめちゃくちゃ痛いはずなんです。多少、液体が出て潤滑油の役割を果たしたとしても、男性も女性もすごく痛いはずなのです。

――女性は、最初たいてい痛がりますよね。

池谷:ところが、すぐにブレーキが強くなって快感になる。ものすごく痛い分、ブレーキも強いんですよ。

人間は生まれたときから支配されている存在

――「人間はみんなマゾ」は、先ほどの(前編の)「男性も女性もみんな支配されたい」というお話に繋がりますよね。

池谷:大昔の、男性は狩りに出て、女性は洞穴で子どもを育てて、という状況も、よく考えるとめちゃくちゃ支配されています。女性は食べ物が洞穴に届くまで待ってなければならないし、子どもの世話もしなければならない。けれど、支配から離れようとして家出をすれば、自分の命が危うくなります。支配されて洞穴にとどまっていることは、自分が生きながらえることと子孫繁栄の両方にとって必要なことなんです。また、狩りに行く男性も、危険な目に遭いながら狩りをしなければならないという強烈な支配を受けています。そういう意味で、支配されることは当たり前のことですし、もともと悪い言葉では全然ないはずなんです。

――どうしても悪いイメージがありますよね。

池谷:ヒトラーのような独裁者などの悪いニュアンスが印象づいてしまっていますが、本当はそんなことはありません。そもそも「自由」という言葉を使うときには、それが一体、「何から」の自由なのかをしっかり考えなくてはなりません。まさか、この現世で生きる人生経験から自由になりたいわけではないでしょう。生まれた以上、生きることそれ自体が“拘束”なのです。

――確かに、みんな自分の意志で生まれたわけじゃないですよね。遺伝子が組み合わさった結果、勝手に生まれた。

池谷:そう、我々は生まれた時点でそもそも支配されています。「生まれた」という単語も受動態です。英語で言えば「池谷 was born.」。人間の存在は受動的で不自由なんです。


(文/朝井麻由美)

池谷裕二
薬学博士で東京大学薬学部教授。脳研究者。
主な著書に『進化しすぎた脳』『海馬』(糸井重里氏との共著)、
『脳はこんなに悩ましい』(中村うさぎ氏との共著)などがある。
ツイッター:@yuji_ikegaya

今月の特集

AMのこぼれ話