• special
  • 2016.05.25

なぜ思春期に人は悲劇のヒロイン化するのか?桜井亜美の激しくも繊細な世界をもう一度!

2000年前後に中高生だった女子たちの心を強く打った作家、桜井亜美。大人になった今、処女作『イノセントワールド』をある種の「黒歴史」として読み返すと、当時とは違った発見があるかもしれません。

チェコ好き 恋愛黒歴史 桜井亜美 イノセントワールド
©Alyssa L. Miller

 中学生から高校生くらいの間、彼氏がいたりホニャララの経験をすでに済ませていたりした性的に早熟な女の子は、それだけで人としての位が高く、みんなに「すげえ」って思われていた気がします。
一方、当時の私はというと、性的な早熟さは欠片も獲得できなかったので、教室の片隅で大人しく「寺山修司っぽい雰囲気にしたい……」などとボヤキながらいそいそと官能小説を執筆していました(私の公式黒歴史です)。

 そんな私の話はひとまず置いておいて、今回話題にしたいのは、1996年に『イノセントワールド』という作品で鮮烈なデビューを飾った作家、桜井亜美です。

 作者と同じ「アミ」という名の『イノセントワールド』の主人公には、知的障害者の兄・タクヤがいます。
アミは実の兄であるタクヤと性的な関係を築く一方で、まるで親や学校に復讐するかのように売春を重ね、自らの体を傷付けていってしまいます。
当時──つまり2000年前後に中高生だった女子たちのなかには、この桜井亜美の描く激しくも繊細な世界に心を打たれた人や、登場人物の性的な早熟さに憧れた人もいたのではないでしょうか。

 だけど正直にいうと、私はこの触れたら壊れてしまいそうな世界にはなかなか馴染めず、当時から一定の距離を保ちながら読んでいました。
しかしそんな自分にとっても、桜井亜美の小説は、今でも不思議と鮮烈に記憶に残っているのです。

 桜井亜美の描き出す世界観に、共感していた人もいれば、私と同じように少々の反発を覚えていた人もいたでしょう。
今回は、「黒歴史」というキーワードをもとに、桜井亜美の世界を大人になった今の立場から読み解いていきます。

二重にイタい『イノセントワールド』

チェコ好き 恋愛黒歴史 桜井亜美 イノセントワールド
桜井亜美『イノセントワールド』

 前述したように、『イノセントワールド』のアミは、知的障害者の兄・タクヤと性的な関係を結んでいます。
また他の作品だと、『believe 光の輝き』の主人公・サリナは、祖父と母の間に近親相姦の子として生まれています。
桜井亜美の小説ではしばしばこのように、「原罪」とでもいうべき反社会的な性質を抱えた人物が登場するのです。

 なぜ桜井亜美の小説の登場人物たちは、こうした特殊な性質である「原罪」を抱えていなければならなかったのでしょうか。
それは、周囲と自分の間に、決定的な境界線を引くためだったのではないかと、私は思います。
周囲に上手く馴染めない自分、まわりと比べて異質な存在である自分。
それは不甲斐なく、しかし同時に誇りでもあります。
多かれ少なかれ、思春期にだれもが経験する孤独です。

『イノセントワールド』や『believe 光の輝き』の主人公には、この思春期の女子たちの孤独が、見事に反映されています。
周囲に馴染めない苛立ちと、馴染みたくないというプライド。
相反するように見えて両立するこの感情は行き過ぎると、自分を悲劇のヒロイン化してしまい、必要以上に傷付けていってしまいます。

 だからなんというか、大人の立場から読む『イノセントワールド』は、二重の意味でイタいのです。
1つは、黒歴史的な、自分を悲劇のヒロイン化することに対して思う字義通りの「イタイタしさ」。
もう1つは、それをせずにはいられなかったという思春期独特の心の痛さ、というか「危なっかしさ」です。


周囲に馴染めない自分と、その救済の物語

 馴染みたいけど馴染みたくない、受け入れられたいけど埋没はしたくない。
ネタバレになってしまいますが、『イノセントワールド』では最後、アミは兄のタクヤの子供を妊娠してしまいます。
子供を生むべきか堕胎すべきかアミはギリギリまで悩むのですが、最終的には生む決断をし、「原罪」を抱えた自分が、この世界でちゃんと生きていくための意味を確保します。

「energenは物事が生成流動している状態。ergonは、生成完了して固定化された状態を指す。つまり、彼がいつまでもピストン運動をやっても最後までイカないのに、アレが出ちゃえば一応セックスが完結したってことになるのと同じ」『イノセントワールド』桜井亜美(幻冬舎文庫)

 アミは兄のタクヤと関係を持つ一方で、ブランド品などを買うために高校生だけで行なう組織的な売春に手を染めていたり、友達と出かけたクラブイベントで薬物を使用していたり、レイプの被害にあったりしています。
上記の引用部分は、『イノセントワールド』の冒頭で、ポケベルに友人から連絡が来る前、アミが頭のなかでぼーっと考えていることです。

 私たちは小説を読む上で、こういった過激で装飾的な描写やエピソードに、つい目が行きがちです。
だけど物語の構造を解体していくと、そこには「まわりと比べて異質な存在だった自分が、徐々に周囲に馴染み、生きる意味を見つけていく」という、小説のあるべき典型的な姿が浮かび上がってくるのです。
アミの妊娠と出産の決断は、それを物語っているといえるでしょう。

『イノセントワールド』には、「あとがき」に社会学者の宮台真司や、写真家の蜷川実花の名前も登場します。
大人になった今再読すると、これはなかなか時代性の高い作品だったのだと実感することもできます。

 危なっかしくて、痛々しくて、表紙の蜷川実花の写真みたいに色鮮やかだったあの世界。
まだ自宅の本棚に桜井亜美の小説が残っているという人は、ときどき機会を作って、ひっそりと読み返してみてはいかがでしょうか。

Text/チェコ好き

今月の特集

AMのこぼれ話

アンケート

AM読者の既婚女性の実態をアンケート中です!

AM読者には既婚女性も数多くいらっしゃいます! 夫婦生活は私たちの生活に今までとは違う感覚や感情をいくつももたらしてくれるもの(良いのもあれば、もちろん悪いのも)。 みなさんが日々感じていることを教えていただけたらありがたいです!

アンケートはこちら