どんなステータスになっても、自分が望めばビッチOK!

『情事』を読んで、あらためて「ビッチ」について考えてみる。それは、倫理観の欠如した女性への蔑称だろうか。もしくは、経験人数の多い女性への蔑称だろうか。あるいは、セックスに貪欲な女性への嘲笑だろうか。だけどよく考えてみれば、倫理観は相手へのリスペクトを欠かさなければ他人が外野からあれこれ言うようなことじゃないし、経験人数なんかどうでもいいし、セックスに貪欲なのはただアッパレなだけじゃないか。自虐から始まった「腐女子」という言葉が一般市民権を得て浸透したように、蔑称としてはじまった「ビッチ」も、「性に積極的な女性(ただし、性に積極的な女性が誰とでも寝ると思ったらそれは大きな勘違いである!)」くらいのさわやかな意味で定着するといいとな思う。同時に、いくつになっても、どんなステータスになっても、女性だって性を追求していいのだ、という価値観が世に浸透すればいいと思う。

最後に。「で、でも、性に積極な女性って、男に引かれるのでは……?」と昭和・平成生まれの私たちはつい心配してしまうだろう。だけど、そこも『情事』を読めばバッチリだ。ヨーコはセックスに飢えているが、どこまでもオシャレで高貴で、30代半ばとか関係なくバリバリモテる。自分を解放することってこんなに楽しいんだ! と目が覚める。ラストはちょっと切ないんだけど、そこも含めて、ぜひ新時代のビッチたちに読んでみてほしい。まあこの小説の初版、1982年なんだけど、あらためて。