生まれ変わっても何世になってもあなたを愛します

春画 歌川豊国《絵本開中鏡(えほんかいちゅうかがみ)》

三大怪談と呼ばれるうちのひとつ、「牡丹灯籠」のお話から着想を得た春画である。

天性の美男の“萩原新三郎”と旗本飯島平左衛門の娘である美しい“お露”は、互いに惹かれあい深い関係になります。“お露”は毎晩、牡丹の花の飾りがついた燈籠を下げて“新三郎”に会いに来ていたのだが、実は亡くなっていた。噂によると、“新三郎”に恋焦がれて亡くなったと聞く。毎晩来る彼女が実は霊だったと知り、霊の“お露”が家に来ないように新三郎はお札を家に貼る。新三郎が心変わりしてしまったのかと悲しみ美しく泣く“お露”だが、とうとうその札がはがれる日が来る――。

というのが、怪談『牡丹灯籠』のあらすじである。亡くなっても自分のことを愛し、毎晩会いに来てくれる“お露”を突き放すことができなかった。霊だろうと惚れた相手には違いなかったのだ。

春画の書き入れを読んでいくと、

新三郎「毎夜、毎夜あなたが来るのを楽しみにしているが、とかく日増しに心細くなって、早くひとつになりたいと切望されるが病だ。日が暮れるとな、庭へ出て牡丹の燈籠が来るのを今かと見ているのが楽しみなんだ。それそれ行き続けだ。」

お露「ほんとうにあなたに初めて花見のときにお目にかかってから、ぞっとするほど惚れました。朝夕焦がれ、秋草の露も厭わず、毎夜会いに来るわたしのことを不憫と思し召し、堪能するほどあなたの側にいたいのです。夜の10時頃より毎夜参るのは、死んでもあなたのことが忘れられないからなのです。早くひとつになりたいです。」

お互いにひとつになりたいと言っている。毎晩、暗闇に燈籠の灯りが見えてくると彼女が会いに来てくれたと心が躍るのだ。

春画 歌川豊国《絵本開中鏡(えほんかいちゅうかがみ)》

どんどん衰弱していく新三郎。しかし彼らは幸せなのだ。彼らの世界は彼らの中で幸せに完結しているのだ。

新三郎「ああ、好い、好い、命を削るようだ。それそれ、また行く行く。ああ、息がはずむ、また続けて行く。」

お露「わたしも本望です。生き替わり、死に替わり二世も三世も付きまといます。絶対にわたしのことを忘れないでください。ああ、可愛い。」

新三郎は骸骨を大切そうに抱き、亡くなる。彼女に受け止めて欲しいであろう彼の精液は空中に弧を描きます。

絵には一休禅師の歌「骨かくす 皮にはたれも迷ひけり 美人といふも皮のわざなり」とある。身の皮が破れれば、どんな美人でも骨に替わることはない。

春画 歌川豊国《絵本開中鏡(えほんかいちゅうかがみ)》

ストーリーを重視して選んだふたつの春画、読みごたえも、見ごたえもあったと思います。

何百年も前から誰かを愛する気持ちは変わらないと思います。しかし今回の春画を「純愛」だと感じる人もいれば「怖い」と感じる人もいるでしょう。愛の形に正解はありませんし、思い通りに進まないのが恋愛の醍醐味だと思います。でも、くれぐれも好きすぎて相手を困らせないようにね。

Text/春画―ル

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