非常時に強い夫

ゾンビ ディレクターズカット版<HDリマスター版> [Blu-ray]”> <small><a href=ゾンビ ディレクターズカット版 [Blu-ray]

「現場の状況から見て、飛び降り自殺だと判断しています」

刑事さんにそう言われて「ああ、やっぱり」と思った。遺体は損傷が少なかったが、団地の屋上で靴跡がみつかって、父の掌に手すりの粉が付いていたそうだ。

続けて「捜査のために自宅アパートを調べたいので、娘さんに立ち合いをお願いしたい」と言われた。これは母の時の経験から予想していたが、私は父の住んでいた部屋を見たくなかった。一生記憶に焼き付くとわかっていたから。
なので「父とはずっと絶縁状態で、最近の暮らしぶりはわからないんです、立ち合い無しでお願いできないでしょうか」と頼んでみた。

刑事「では我々の判断で部屋の中を調べさせてもらっていいですか?」
アル「どこでも自由に調べてください、どーぞどーぞ!」

ダチョウ倶楽部のような返しに刑事さんは笑っていたが、これで父の部屋を見ずにすんだ。後から聞いた話によると、部屋はゴミ屋敷状態だったらしく、やっぱり行かなくてよかった。

それから「また連絡するので、夕方頃、警察署に遺体の確認に来てほしい」と言われて、電話を切った。さて、次は夫に連絡しなければ。

我が夫は非常時に強い。仕事中、いきなり妻から父が飛び降り自殺したと聞かされても「警察署の場所的に車で行った方が早いな、社用車を借りて帰る」ときわめて冷静だった。

アル「あと私は怖くて無理だから、遺体の確認はよろしく」
夫「別にいいけど、なんで怖いねん?」
アル「なんで怖ないねん???」

この夫は私の母が死んだ時も、現場の立ち合いや死体の確認を平然とこなしていた。タフな夫でありがたいが、なんで怖くないのか不思議で「ゾンビ映画とか好きだから?」と聞いたら「死体はゾンビにならないし」と返された。

たしかに、猛スピードで襲ってきて脳みそを食うゾンビの方が怖いよな。と納得しながら電話を切って、さて、次は東京に住む弟に連絡しなければ。

気が重い。

我々は双子だが見た目も性格も全然違って、弟はメンが極細なのだ。
子どもの頃、私が食事中に『バタリアン』を観ていたら、弟は「気持ち悪い」と吐きそうになっていた。昔から無口で物静かな性格で、「植物のように静かに暮らしたい」と吉良吉影みたいなことを言っている。

十代の頃、弟は父から暴力をふるわれていた。かつ奨学金を使いこまれたりもして、「二度と会いたくない」と東京の大学に進学してからは父と絶縁していた。

そんな弟の反応が読めない。ショックを受けるのか、案外平気なのか。しかし父が自殺したことを伝えないわけにいかない。葬儀のこともあるし、神戸に帰ってきてもらわなくては。

よっこいしょういち、と私は弟の携帯に電話をかけた。