全然好きじゃない男
独身時代、カマロくんというハイスペの彼氏と付き合っていた。
彼のことは拙書『恋愛格闘家』で「そこまで好きじゃない男」というタイトルで書いた。当時は「嫌いじゃないけど、そこまで好きじゃない男」という認識だったが、今思えば「全然好きじゃない男」だった。
私たちは全然合わなかった。カマロくんはリア充の標本のような人物で、オープンカーに乗ってフェスに行くのが趣味だった。私は一緒にフェスに行っても「この揺れ方で合っとんか?」とキョロキョロしながら「早く帰って漫画読みたい」と思っていた。
そんなに合わなかったのに、私は彼と結婚するつもりだった。終わりの見えない恋愛無間地獄から脱出したかったからだ。「どうせピッタリ合う人なんて見つからないんだから、条件に転ぼう。これ以上の条件の男はもう出てこないだろうし」と考えたのだ。それに、彼は基本的にいつも親切で優しかった。
ある日、高級なお店で食事中にこんな会話になった。
カマロ「うちの母親は姑の介護をして看取って、ほんと偉いと思うよ」
アル「お父さんは介護しなかったの?」
カマロ「えっ、だって親父は仕事してるし」
それを聞いて「どこから説明すればいいのやら…」と絶望した。
家父長制、性別役割分業、かつて日本の女は結婚したら家政婦・保育士・看護師・介護士・風俗嬢の5役を担わなければならなかった、それが先人たちの努力により…みたいな話をしても、彼は戸惑うだけだろう。
そんな面倒くさい話をせず、「立派なお母様ね、尊敬しちゃうわ」と美談として受け取る女の方が、彼は幸せになれるだろう。
彼といると、私は自分が自分であることがイヤになった。
カマロくんはバツイチだった。前妻の話になった時「嫁が女じゃなくなってきてさ~」と彼は言った。「メイクも服も手抜きになって、やっぱ結婚しても女を忘れてほしくないよね」。
「女じゃなくなる、女を捨てるってどういう意味だ?」と言いたかったけど、言わなかった。私は無言のまま「それで職場の女と浮気したのがバレて離婚して、クソつまんねえ男だな」と思っていた。同時に「そんな男と条件に転んで結婚しようとする私って、クソつまんねえ女だな」と自分自身に絶望した。
言いたいことも言えない、自分を否定せずにいられない相手と一緒に暮らして、幸せになれるわけがない。というか、結婚しても離婚していただろう。「女とは、妻とはこうあるべき」と押しつけられることに耐えられず。
それ以前に腸炎でウンコを漏らした時点で別れを切り出されるか、ウンコを投げ合う泥仕合に発展したかもしれない。