「私、もうすぐ結婚するのよ」3ヶ月限定で間男をした話/中川淳一郎

6年の間、何度か一緒に仕事をした広告代理店に勤める女性・佐藤さんからめでたい報告を受けた。僕は彼女の会社から仕事をもらうイベント会社のディレクターをしており、当時29歳で、彼女も29歳だった。お互い新入社員のときに現場で出会い、以来、打ち合わせなどでも時々顔を合わせるような関係だった。

とあるイベントの打ち上げの席で我々は隣り合ったため、色々と喋った。イベントの改善点や、30歳を目前にして我々はこのままでいいのか、といった話だ。一次会でお開きになったため、使う駅が同じ者同士別れたが、僕と彼女は同じ路線の駅だった。打ち上げ会場は東京・日本橋だったため、近くにはたくさんの駅がある。我々は東京メトロ銀座線に乗り、渋谷方面へ。

渋谷から互いに別の電車に乗って一駅のところに住んでいることも分かったので、「近いですね。じゃあ、もう一軒行きますか?」となり、渋谷で軽く一杯飲むことになった。ビルの5階にあるアイリッシュパブへ行き、テラス席へ。レーズンも入ったミックスナッツをつまみにギネスビールを飲んでいると気持ちの良い秋風が吹いてきて心地よい時間を過ごしたが、佐藤さんは突然「ニノミヤさん、あのね……」と切り出した。僕と彼女は同じ年齢だったけど、彼女はクライアントということで僕に対してはタメ語で、僕は敬語で喋っていた。

「私、3ヶ月後に結婚するのよ」
「それは良かったですね」
「まぁ、良かったといえば良かったんだけど……」
「何か問題でも?」
「いえね、結婚するとなるとあまり遊べなくなるじゃない。ニノミヤさん、最後の3ヶ月、私と付き合わない?
「えっ?」
「元々あなたのこと、けっこう好きだったのよ」

僕としても井川遥に少し似た感じのある彼女のことは魅力的だとは思っていたけど、下請けの立場としてはデートに誘うなんてことはご法度だと思っていたから声を掛けることはなかった。だからこそ、このオファーは渡りに船だったし、実に嬉しかった。

いわゆる「最後の火遊び」の相手に指名されたわけだが、このバーでは、3ヶ月の間に何をするか、といったプランをいくつか立てた。中には一緒に香港旅行に行くというものまであった。

どうやら彼女の夫になる男性は、30代後半で、今ノリにノッているクリエーターなのだという。彼女は営業として彼に仕事を依頼する立場だったが、いつしか恋愛感情を抱くようになり、交際3年、彼女が30歳になる直前に結婚することを決めたそうだ。当時の僕の年収は350万円ほどで、彼女は900万円はあったと思う。夫は1200~1300万円はあったことだろう。2人合わせれば相当な額なわけで、彼女は長い人生を考えるとこの男性と結婚するのが良いと判断したようだが、最後の最後で「このままでは悔いが残る」として「間男」との3ヶ月を過ごしたいと考えたのだ。