「パパとママから生まれたわたし」の心の中は両性だから

長井短の画像

4月って春だし、春に頭がきちんと動いた試しはない。あ〜春だからねむ〜と思いながら、今月はどんなことを書こうかな〜と迷いに迷ったんだけど、最近わたしの頭の中に浮かびがちな文章があって、それは「男の子と女の子ってなんだろう」ってこと。いや、またデケーなテーマが。でもどうしてもこの文章が頭から離れないので考えてみようと思います。書き始めた時点では、なんの結論もありません。不安です。

「女の子」とのズレ

男の子と女の子。わたしは女の子。それはどうしてだろうなんて、今まで考えたこともないくらい、わたしは女の子だ。子供の頃、それが嫌だったことがある。女の子であることが嫌っていうんじゃなくて、女の子とか男の子とかがあるってこと自体が嫌だった。「は?なんで分けんの?みんなで遊んだ方が楽しいだろボケ」って毎日怒っていた気がする。

物心がついてから少し経って、わたしはいわゆる「平均的な女の子」よりも「男の子っぽい女の子」なんだということを知った。わたしはいつまで経ってもドッジボールがしたかったけど、クラスの女の子達は「遠くに住んでいる彼氏」について話している方が楽しいらしいのだ。え、そいつ実在すんの? ちょっと大人っぽく振る舞いたいだけじゃない? と思いながらも、あれれ〜? わたしってヤバイの? と不安になったのはこの頃で、当時は花より男子のドラマが流行っていて、「F4で誰が一番好きか」があの頃の女の子の悩みのタネだった。わたしの悩みのタネは「あたいは牧野つくしみたいに強くない」ってことで、もう全然ズレている。別に、それはどうってことなくて、悲しいとか淋しいなんて気持ちはこれっぽっちもなかったけど、ただただ不思議だった。

その不思議さは大人になった今も心のどこかにある。でも、「わたしって男っぽいんだ」って台詞はあまりにも恥ずかしいし、ていうかその男っぽさがなんなのかもわからないし、別に女の子とも気が合うし、男の子とも気があうし、どっちにしろ合わない人とは合わないし、みんなそうだと思うし、でもえ、もうなんなの? わたしってなに? 誰?