わたしとその中年男性――仮にYさんと名付けます――とは古い知り合いでした。かつて1度か2度ほどセックスをしたこともありましたが、正直なところ身体の相性がいまいち合わず、なんとなく友人関係に帰着。以後はわざわざ二人では会わないけれども、久しぶりに飲みの席なんかで一緒になると、かつて肉体関係にあった気安さでもって、近況を報告するというような関係にありました。
Yさんから「最近、彼女ができた」と聞いたのも、何かの飲み会の席のことでした。「いやー、彼女が可愛くて」とメロメロな様子なのは誠に喜ばしいことですが、実は彼は既婚者。妻どころか子どももいるのです。
「お前、そんなにハマった様子で、大丈夫なのか」といささか不安を覚えたものの、彼女がいかに美しくユニークな女性であるかを、ウットリと語るYさんに、わたしにできるのは、「ガンバレヨー!」とあまり心の入っていないエールを送ることだけでした。
Yさんの「彼女」に熱のなさを感じ…
それから間もなくのこと、Yさんの彼女に引き合わされる機会があり、わたしの「大丈夫なのか」という予感はさらに強まることとなります。彼女は、確かに美人で色気ある魅力的なアラサー女性でしたが、どう考えてもYさんに執着しているようには見えないのです。
一応は既婚者の身ということもあり、Yさんはその場にいる皆に彼女のことを、「〇〇さん」と関係性をぼかして紹介していましたが、彼女は「彼女」と紹介されないことに腹を立ててる様子はないし、既婚者を真剣に愛してしまった女性独特の「わたしが彼女! みんな気が付いて!」という圧力を放ってもいない。離婚してくれない彼に苛立っている様子もないし「いいんです。わたしはこの立場で……」という諦念の面持ちも、「でも実はわたしは妻よりも愛されている女です」という優越感が漏れ出してもいない。
「Yさん、これ……あんた、ただのセフレ(のひとり)や!」
と確信したのですが、だからって彼にそれを告げたところで「お前、俺のこと好きだったの? 嫉妬すんなよ」と思われそうでシャクですし、そもそも彼のことを友人としてそこまで大切なわけでもなく、むしろヤリチン街道爆進の報いを受けて、ちょっとくらい痛い目に遭っておけと、傍観の立場を貫くことに決めました。
やがてYさんは離婚。もちろん子どもの親権は妻のものとなり、家族で住んでいたマンションを売って慰謝料を払い、気分新たに広めの新居を構えて、彼女を迎える準備をしたところで、彼女と連絡がつかなくなりました。
「どうしよう。彼女に何度電話をしてもつながらない。なにか事件に巻き込まれたかもしれない!」と電話口で悲痛な声をあげるYさんに「あんたが離婚なんてするもんだから、面倒になって切られただけでしょ」とも言えず、「大丈夫、落ち着いて」と励ましたものの、きっと彼女はもう戻ってこないであろうこと、そして、この人はいったい何のために妻と子どもを捨てたんだろう、と居た堪れない気持ちになりました。
一方で妻と子どもの立場になって考えたら、不誠実な夫・父と離れて新しいスタートを切ることができたのだから、良かったかもしれないとも……いやそもそも、わたしもYさんと寝たことがあるわけで、口が裂けてもそんなことを言える立場ではないのですが。
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