「大切にされること」を思い出した210円
その頃、セフレのひとりとの距離が近づきつつありました。結婚パーティーの引き出物をデザインしてくれた彼です。そう、わたしはまんまと、セフレであった彼のことが好きになってしまったのです。
好きになったきっかけは、ひょんなことです。そのセフレの家に泊まった翌日、三軒茶屋に用事があるというので、一緒に行くことになりました。帰り道、バス停でバスを待っていたら、彼が自分の財布から小銭を取り出して、渡してきたのです。「こうして用意おくと、乗れる時にスムーズに乗れるから」と。
その瞬間にわたしは、恋に落ちていました。たった210円です。けれどもその210円で、すっかり忘れていた、「大切にされること」を思い出したのです。
恋人は、口ではしょっちゅう、好きだとか、かけがえがないだとか、大切だと言ってくれましたが、なにひとつ行動では示してくれませんでした。その具体的な例が、セックスレスと結婚の準備です。恋人との付き合いがあまりに長かったので麻痺していたけれども、「大切にされること」とは「大切だ」と言われることではなく、具体的な行動で示されることだと、気が付いたのです。100回好きだと言われることよりも、「はい、これ」と渡してくれた210円のほうが、ずっとわたしへの尊重が感じられる。そして世の中には、わたしへの尊重を具体的な行動で伝えてくれる人がいる。
セフレのことを好きになってしまった。だからこそ、セフレにプレッシャーを掛けたくない気持ちがありました。だってセフレなのです。わたしが夫と別れたとしても、セフレにはその責任はない。だから「いろいろ考えた結果、わたしは一緒に暮らしている人と別れるけれども、あなたには一切関係のないことなんで、気にしないでください」と、弁明した後、恋人に前述したようなことを通告したのでした。