普通じゃない環境に適応してしまう前に

 そんな中、わたしは上司と一泊で地方に出張に行くことになり、半ば投げやりな形で、彼の求めに応じて、身体を投げ出しました。おそらく相手は同意だと思っているし、わたしも当時は自分の選択だと思っていました。
けれども、本当は違います。洗脳だとか精神的DVだとか、ある状況が続けば、人は不本意ながらもその状況を作り上げる人に、従うようになってしまう。わたしの「同意」はただ、追い込まれ、その環境に心と身体が適応しようとした結果なのだと思います。そういう心のメカニズムを、当時のわたしはちっとも知らなかった。

 ある日、上司に言われました。「もしも僕を陥れようとしたら、地の果てまで追いかけて、あなたを追い詰めますからね」と。いま思えば「やれるならやってみろこっちは出るとこ出てやるぞ」と3秒で反論できますが、その頃のわたしは若くて、父親と同世代の上司に歯向かうことなんて出来ませんでした。学生時代から夜のアルバイトばかりしてきたのだから、すれてすっかり世間を知っているつもりでしたが、実際はまったく知らなかった。だからそう言われて、単純に怖かった。

 上司との関係は数回ほど続きました。パワハラも続きました。わたしが辞める決意を固める前に、結局そのデジタルコンテンツ室という部署そのものが消失することになりました。そうして自由になって、清々しい気分を感じて初めて「なんで辞めなかったんだろう、なんでずっと我慢してここにいたんだろう」と気が付きました。まるで目の前の霧が晴れたようでした。

 そしてもうひとつ気が付いたのは、わたしは、何か物事と決別することが苦手なたちであるということです。望まない状況にあっても、そこから逃げるのではなく、その場に踏み留まることを正しいと考える傾向にある。それは、依存しがちということかもしれないし、良い言い方をすれば情が深いのかもしれません。この時期はわたしの暗黒期でした。けれども、そういう自分の性質に気づけたことは良かったと考えているし、この時の気づきが、後に人生を大きく変える選択を迫られた時に、背中を後押ししてくれることにもなりました。

 だからといって、「良い経験だった」なんて思っているわけもありません。いま、パワハラやセクハラで苦しんでいる人は、頼れる人にすぐに相談をして、一刻も早くそこから脱出してください。あなたのいるそこは「普通の場所」ではなく「異常な場所」なんです。

――次週へ続く

Text/大泉りか

次回は<次の男ができるまで別れない「乗り換え形式」は良くなかったのかもしれない>です。
AM読者のみなさんは、恋人と別れるのはどういうタイミングが多いでしょうか?大泉りかさんのように、新しく好きな人ができると乗り換えるスタイルの方も多いかもしれません。しかし珍しく、大泉さんが次の男のあてのないまま別れたあるとき、その心にはいつもと違う奇妙な感情が残りました。