「人前で脱いで縛られる」ことで人生が変わった
進学、就職、転職、引っ越し、留学、結婚、出産、離婚、病気、怪我、そして人との出会い……
人生には、いくつものターニングポイントが存在します。そして、そのターニングポイントが幸運であれ、試練であれ、「人生を変える何か」と対峙した時に、『確固たる意志を持って』もしくは『考えることなく、状況に流されて』選ぶことになった選択が、その後の人生を、大きく左右することになります。
「わたしの人生のターニングポイントはなんだったか」と問われれば、かつて渋谷にあった『ナノハナ』というバーと出会ったことでしょう。
まだ、マークシティが出来る前、京王井之頭線の駅のガード下は、ごみごみとした小さな飲食店が軒を連ねていてました。その近くの渋谷OSというストリップ劇場のあった辺り、渋谷中央街の坂を上ったところに、その『ナノハナ』というバーはありました。
『ナノハナ』に初めて足を踏み入れたのは、21歳の頃だったと思います。ふたつ前のコラムに書いた、クラブで知り合った“SMの縛師”の人からの「イベントがあるから、遊びに来たら?」という誘いを真に受け、足を運んだのが初めてのきっかけです。
それまでは、酒を飲むとすれば、友人と連れ立って居酒屋やカフェやクラブに行くのが主で、バーというものにはまったく馴染みはありませんでした。ひとりで飲みに行くのも、そもそもその日が初めて。なので、店の前まで来たものの、その店のドアを開けるのは、死ぬほど躊躇しました。が、その躊躇を振り切りほどに、わたしはその店の中で行われていることに興味があった。なので、勇気を振り絞りドアを開けることを『選択』したのです。
店の中は20平米あるかないか、20人も入れば立席でも満員の狭い店でした。入ってからも、周囲から浮いていておかしくないかばかりが気になっていましたが、それでも、お酒の酔いも手伝い、少しずつ緊張も解けてきた頃、縄師の男性に、「今日はSMのイベントなんだけど、縛られたら3500円のチャージがフリーになるよ」と誘われました。「いや、無理です」と一度は反射的に断りました。が、しばらくして思い直して、『選択』したのは、「さっきの、やっぱりお願いしていいですか」と頼むことでした。刷り込まれた「女たるもの清純であれ」という息苦しい規範や、世間の常識。そうした、今までの自分を縛ってきたものよりも、下半身の衝動が先立ったのです。
そして、わたしは縛られ、それどころか裸にさえなりました。
しかし、翌朝、目が覚めてシラフに戻った後も、後悔はありませんでした。「人前で脱いで縛られた」という恥ずかしさよりも、「憧れていた世界を垣間見た」という興奮が大きかったからでした。そして、わたしは、その店へと、度々通い始めるようになったのです。
その店の店長は、SMの女王様をしている女性でした。ご存知の方もいるかと思いますが、月花さんという方で、今でもフェティッシュなパーティーを主催したり、SMビデオをプロデュースしたりと、第一線でバリバリと活躍されています。