きっかけは、外に出たらコートが必要じゃないくらい、暖かかったことでした。その心地いい陽気に「どこかに出掛けたいなぁ」と浮かれた気持ちが湧き起った。もしかして、これを“春の熱”というのかもしれません。その熱が醒めぬまま、急いで女友達に電話をして約束を取り付けました。

春の風を受けて自転車を繁華街まで走らせている最中に、叫びだしたくなるような開放感を感じながら、あの男と別れれば、この歓びが、特別なものではなく、当たり前のものとして「自分のところに戻ってくる」ということしか考えることが出来ませんでした。
そして、居酒屋で落ち合った女友達には、「もうわたし、別れるわ!」と宣言し、時間を気にせずに朝まで飲み明かし、朝方家に帰ると、彼氏に「話がある」とだけメールを送って、幸せな気持ちで布団に入ったことを覚えています。

恐るべし春の熱。いくら好きでも、性格や生活が合わなければ、ずっと一緒にはいられない。けれど、なぜか離れられない。頭では「別れたほうがいい」と思っている相手と別れるための味方をしてくれるのが、この春という季節なのかもしれません。

さて、その彼とは、後に地元で開かれた飲み界で再会することになるのですが、今だに、その時に言われたセリフを思い出します。
春の別れから3年か5年。互いに立派な大人になって再会した彼がいったセリフ、それは「君が仕事を頑張っているって話は聞いてるよ。やっぱり管理職を目指してるの?」でした。

当時、出版社で編集のバイトをしながら文章だけで食っていきたいと思ってライター仕事をしていたわたしは、「か、かんりしょくですか」と一瞬頭がまっ白になり「……やっぱり別れてよかった」と心から思いました。そして、その彼に「あなたも仕事を頑張ってるって聞いたけど、やっぱり管理職を目指してるの?」と尋ね返したところ「もちろん」という返事が返ってきたのですが、彼の夢が叶ったかどうかは、残念なことに知りません。

Text/大泉りか

初出:2016.03.20