(3)西炯子『娚の一生』
仕事も恋愛も捨てられないとか言ってるうちに、結婚できずにここまで来てしまった。べつに悪いことなんてしてない、税金だって年金だって払ってる。ただ、プライベートの幸せが、人よりちょっと足りないだけ。その足りなさを埋めるために、ときどき妻帯者を好きになっただけ……。
そんな報われないアラサーバリキャリを救ってくれるのは、西炯子しかいない。そう思わせるほど、西先生の作品には働く女の夢と理想が詰まっています。
ヒロイン「つぐみ」の相手役「海江田」が、大学で哲学を研究する教授というのも素晴らしく絶妙。たとえいま自分の会社にいるおじさんがみんな男としてナシだとしても、大学には海江田みたいなステキ教授がいそうじゃないですか! 現に姜尚中は東大名誉教授なわけだし! 可能性としてはゼロじゃないわけじゃないですか!
毎週大学で講義をしているわたしから言わせれば「そんな奴はいない、目を覚ませ」という感じなんですけど、事実がどうかは関係なくて、仕事に20代を捧げたアラサー、アラフォーたちが、どんな形の幸福であれば「腑に落ちる」のか、というのを実に的確に描いた作品が『娚の一生』だと思います。
こんな奇跡みたいな一発逆転は起こらないと知っているのに何度も読み返したくなるのは、本作がわたしたち読者の感情を雑に扱っていないから。
あり得ない話で誤魔化してるんじゃない、あり得ない話で慰撫してくれるんだよ。これが、フィクションの力、なんだよ。
Text/トミヤマユキコ