すべての男はキモチワルく、すべての女はメンドクサい

二村ヒトシ

湯山: いま、「こじらせ女子」って言うけど、二村さんの『すべモテ』を読むと、男だってとんでもなくこじらせてるよね。

二村: この本は要するに、そもそも男の自意識っていうのは“キモチワルい”ものなんだと。
この本を読んでいるすべての男は気持ち悪いよっていうことを前提に、じゃあ女性に気持ち悪がられないためにはどうするかっていう話から始めました。十数年前、最初にこの本を出したときにあんまり売れなかったのは、最初のページに「あなたがモテないのは、あなたがキモチワルいからです」って書いてあることに、当時の男性が耐えられなかったからだと思うんです。

湯山: そうか、いまの男性は「そうだよな、俺、気持ち悪いかもな」って受け入れちゃうようになったと(笑)。

二村: このたび二度目の文庫化を果たしまして、おかげさまでまあまあ売れておりまして、時代が変わったんですかね…。

湯山: でもね、私、女も「すべての女は気持ち悪い」ってところから始めたほうがいいと思いますよ。
その気持ち悪いという自覚の在り方は違っていて、女の場合はまず、自分の身体に備わった「気持ちの悪い」性欲というものを認める、フィルターをはがすという事です。

二村: それ、同じことを僕は「すべての女は、メンドクサい」と言いたいです。
て言うと女性から怒られてしまいそうですが、彼女が恋をしてしまった相手の男にとって、多くの女性は「面倒くさい存在」になる。それだけでなく、じつは女の人自身にとっても「自分が女である」ということは面倒くさいことなんじゃないかと思うんです。

湯山: すべての男は気持ち悪い存在であり、すべての女は男にとっても女自身にとっても面倒くさい存在であると。おもしろいね。

二村: それはなぜかって言うと、精神分析医の斎藤環さんの言葉を借りれば、男性性っていうのは「オタク的」なものであり、じつは女性性は「ヤンキー的」だからなんです。「オタク」というのは、知識や所有欲でアイデンティティを確保する存在。「ヤンキー」は、人との関係性によってアイデンティティを確保する存在ということ。女性は、人とのつながりや関係に妄想を抱きやすいから、どうしたって面倒くさい。