学歴、収入、社会的立場に興奮はしない
裸になればいいわけできない
欲望や本性が解放されていくと、初対面時とはちがう緊張感がもたらされる。
明らかにされた本音で和やかにリラックスする。
セックスをした後に体がゆるんで、親密になったような気分になれる。かと思うと、空気を読まない人物がいたりして、厳しい同調圧力が働いて急に気まずくなる。
ぎこちないやりとりのあいだに、ヤッて解放された誰かの声が入ってきて、また緊張がほどけて笑いを誘う。
乱交の参加者はみな裸で、醜さも滑稽さも、誰もが同じように抱えている。
たとえば、わたしたちは、自分の性器について知らない場合が多いし、360度全方位から自身のプレイを撮影するような趣味を持っていない限り、自分のプレイ内容も感じている表情も確認することができない。
自分自身がいちばん自分のことを知らないという哲学的テーマについても、本作は手を伸ばしている。
それは恋愛をはじめ、さまざまな人間関係にも通じるんじゃないだろうか。
「正しいやり方」があるかのように思って理想化し、周りに合わせてしまったり、あるいはどうしていいかわからず立ちすくんでしまうこともある。
実際はひとりひとりの人間関係に正解なんてないのに、空気を読み、立場を意識して素直な自分でいられなくなる。
洋服を脱いだ彼らは、立場や学歴や収入といった鎧を脱いで、ひとりの人間として相対するしかない。
素直になって己を解放し、快楽を分かち合う。そこに社会性は関係ない。
わたしの脳裏に、シンガーソングライター・前野健太の『せなか』という名曲が思い浮かんだ。
服を脱いだら裸になって
裸を脱いだら心があるのか
心を脱いだら君がいて
君を脱いだら僕がいるのか
(『せなか』 作詞・作曲/前野健太、アルバム『ファックミー』所収)
セックスを求めるのは汚らしい欲望に過ぎないのか?
裸でぶつかり合うからこそ愛が生まれる可能性を秘めているのではないだろうか?
そもそも「愛」とはなんなのだろうか?
セックスより優位にあるものなのか?
そんな問いが観客ひとりひとりにも突きつけられるのではないかと思う。
ぜひ今作を観て体感し、自分なりに感じ取ってみて欲しい。
3月1日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
原作・脚本・監督:三浦大輔
出演:池松壮亮、門脇 麦、新井浩文、滝藤賢一、三津谷葉子 、窪塚洋介、 田中哲司
制作プロダクション:ステアウェイ
製作:映画「愛の渦」製作委員会(東映ビデオ、クロックワークス)
配給:クロックワークス
2014年 / 日本映画 / 123分
URL:映画『愛の渦』公式サイト
Text/鈴木みのり
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