AM最高。バケモノより、愛を込めて。/妹尾ユウカ

私が恋愛コラムニストとして、初めて連載を持たせていただいたのがAM(アム)でした。その前にも連載は持っていましたが、完全に恋愛にフォーカスした記事を書かせていただけたのはAMで、もう10年ほど前のことです。

テーマに行き詰まると、ピンクのカーテンに仕切られた実家の部屋で『Sex and the City』を観て、主人公のキャリー・ブラッドショーを心に宿していたことを覚えています。あの頃、いつか彼女のように文章を書いて稼いだお金でマノロ・ブラニクの靴を買おうと思っていましたが、結局、Diorのミュールを買ったのも覚えています。その時の高揚感は忘れません。そして、いつでも買えるようになった今では、ミュールの20分の1程度の値段のリカバリーサンダルを愛用しています。

そんな靴の変化とともに、私の生活も少しずつ変わっていきました。今回は、私が恋愛コラムニストになるきっかけをくれたAMでの最終回。ミュールからリカバリーサンダルに履き替えるまでの、私の恋愛史を綴ろうと思います。

リカバリーサンダルに至るまでの恋愛史

まず、ピンクのカーテンに仕切られたあの部屋を出てから今日まで、私は一度も一人暮らしを経験していません。そして、2週間以上、彼氏がいなかったこともありません。彼氏と別れて2,3日もすれば、飲み会など新しい出会いの場に出向き、誰かに惹かれてどうにかこうにか。

ある時は、別れた数時間後に合コンに行ったこともあります。さすがにヤバい女である自覚を持ちながらも、ヤケクソで向かったわけですが、その合コンに遅れてやってきた男が、数時間前に別れた元彼だったこともありました。互いに「これは運命か?」と思いましたが、愚か者というのは、他人の愚かさには寛容になれないもので、答えは変わらぬままでした。

その直後に付き合った男とも、奇妙な終末を迎えました。ある日、彼氏と連絡が付かなかったので、男友達と飲んでいたら、同じバーに私の彼氏と女が二人で入ってきたのです。その女は私の後輩で、たまたま私がその時飲んでいた男のセフレでした。しばらくして、酔った私が彼氏と後輩の席に声をかけに行くと、彼氏は爆笑、後輩は固まっていました。

私は後輩に、「私が飲んでる男(後輩のセフレ)と彼氏を交換してほしい」という趣旨の交渉に挑みましたが、ドン引きされて失敗。結局、後輩のセフレが「店を変えよう」と言い出したので、二人で別のバーへ向かっていたところ、どこからか彼氏が現れ、ビルの死角で怒鳴られて解散。

数日前、この時の彼氏と再会したので、思い出話をしていたところ、実は私と別れた後にこの後輩と交際していたことを告げられました。まるで田舎です。

誰かと一緒にいることで誤魔化してきた

そんな愉快な思い出はたくさんありますが、こうして冷静に思い返すと、当時の虚無感も蘇ってきます。
あの頃から分かっていたことですが、この虚無感の正体は“自分の人生をおろそかにしている後ろめたさ”です。これといって大した実績もないのに、人生でやらなければいけないことや、やったほうがいいことに向き合って努力することから逃げてきたから。恋愛をして、誰かと一緒にいることで、「人生が充実している」と誤魔化してきたのです。

でも、恋愛が悪いわけではありません。誰かを好きになることも、愛されることも、私にとってはずっと人生の大きな喜びでした。それは今も変わらない。けれど、このままでは元彼がいっぱいいるだけの、おかしなおばさんになってしまいます。

別れた直後の寂しさを味わう前に、次の誰かを探す。ひとりになった自分を考える前に、誰かと会う。心に空いた穴が何なのかを考える前に、とりあえず新しい人で埋める。

当時は、それを「切り替えが早い」と思っていました。恋愛で傷ついても引きずらない。次に進める。いつまでも元彼に執着しない。私は自分なりに、そういう健全な生き方をしているつもりだったのです。でも今思えば、切り替えていたというより、感じないようにしていただけ。私にとって本当に怖かったのは、彼氏と別れることではなく、彼氏がいない自分と二人きりになることだったのかもしれません。

それは、彼氏という存在がいてもそう。連絡がなければ他の男からの電話を取るし、会えない日は他の男とご飯を食べたり、飲みに行ったり。けれど、それは彼氏が恋人として不十分だったからではありません。もちろん、不十分なのもいたけれど、大半がそうではなかった。
愛が重すぎた私は、恋人に嫌われないために、興味を分散させていたのです。当然、その矛先は他の男ではなく、仕事や趣味であるべきでした。ただ、当時の私は、それらに夢中になることができませんでした。

これだけでも十分タチが悪いのですが、自分が不誠実な人間だからこそ、相手もそうであろうとも思っていました。自分が信用ならない人間は、誰かを信用なんてできないのです。とはいえ、明らかに誠実な人といても、それはそれで「退屈だ」とか「鬱陶しい」とか言っていたような気もします。

自分はどうしたら足るを知れるのか?

次の課題は、「自分が何に満足するのか、どうしたら足るを知れるのか」です。サントリーニ島でバラの花束を貰っても、3桁のネックレスを貰っても、毎日のように一緒にいても、満足を知らないバケモノだから。

最後に、バケモノとして開き直って、より正直なことを綴るなら、たぶん私は、すべてが欲しいのです。手に入らないからといって、それが本当に欲しいものとは限らない。そもそも何が欲しいのかも分かっていない。それでも、とにかく、あるものはすべて差し出して欲しい。なにかを犠牲にしてくれることにも萌えます。二人の国を建国したい病なのです。幼稚にも程がありますね。

そうそう、この10年の間に婚外子を二人産みました。両津勘吉の休日みたいな私の人生において、これだけは最高の出来事です。只今、目の前で長女が「学校に行かない」とゴネており、絶賛手を焼いているところですが、それでも最高と呼べます。
恋愛では、いまだに足るを知らない私ですが、人生には「これがあればいい」と思えるものができました。子供のおかげで、恋愛とは別のところに人生の軸ができたからです。

これからも懲りずに恋愛をして、コラムを書いていくのかどうか。それは分からないけれど、AMで始まった私の恋愛コラムは、ここで一度おしまいです。10年間、本当にありがとうございました。AM最高。

バケモノより、愛を込めて。

Text/妹尾ユウカ