アラフィフ女性がセックスに挑むときの下着について語り合った

かつてまだわたしが10代だった頃、実家のリビングルームで母親と一緒にテレビを観ていた時のことでした。番組が終わり、そこでサントリーのウィスキーのCMがかかり最後に「恋は、遠い日の花火ではない」というキャッチコピーが流れた瞬間、母親が「遠い日の花火ねぇ」とせりふをなぞりつつ、溜息をもらしたのです。

なんとなく触れるのが怖い気がして、聞こえなかったふりをしてスルーをしたので溜息をついた理由はわかりません。もしかして年上の男性を誘惑する若い女性の描写に拒否感を持ったのかもしれないし、己にとって恋は遠い日の花火になってしまったことに憐憫の情を抱いたのかもしれないし、もしくはまったく違う理由でなんらかの感情を揺さぶられたのかもしれない。今になって母自身に問うたところでまったく覚えていないに違いないけれど、なぜそんな四半世紀以上も昔のことをわたしがいまだに覚えているのは、年を取ると多くの人にとって、恋は遠い日の花火になってしまうということに、その時に初めて気が付いたからでした。

しかし、あの頃の母親の年齢を軽く超えてしまったいま、周囲を見回すと恋をしているアラフォーアラフィフは決して少なくはない。もちろんみんながみんなというわけではなく、どちらかといえば少数派ではあるものの、景気よく打ち上げ花火をドカンドカンと打ち上げている者もいれば、線香花火のような輝きをちろちろと慈しんでいる者もいる。そして実はわたしもその一味である……というのはさておいて、花火には浴衣が相応しいように、恋には相応の下着がいる。では、遠い日の花火世代に差し掛かった我々に相応しいのはいったいどういう下着なのかと、つい先日、同年代の女友達たちと飲んでいる最中に話題になった。

派手な下着の人は若い頃から…

洋服に関していえば10代、20代、30代、40代と年齢に応じてテイストが変化していく人が多いし、時にはガラッと系列ごとチェンジしたりする人も珍しくない。しかし、下着については、ティーンの頃はともかくとして、成人して以降はあまり変化がないというか、派手な下着の人は若い頃から派手な下着を身に着けているし、着心地優先の人は着心地で選び続けている気がする。

もちろん若い頃よりも、多少はお金を掛けられるようになりメーカーのランクがアップしたり、むしろ見た目よりも機能に重きをおくようになったりと、多少の変化はあれども、洋服に比べれば些少……と思うのはわたしのクロゼットには、いまだピーチジョンのブラジャーがひっそりとあるからでしょうか。