二人の馴れ初めを想像してみる
大家は夫が亡くなったと言っていたため、フリーの身ではあるものの、この男性は一体なんなのか。もう、真相が分かったため、僕はその場を離れ、家に戻った。ここから先は勝手な想像になるが、彼はこの近くで営業する中小企業の社長ではないのだろうか。多分、不動産屋だろう。最近、風呂なし物件に人気がないことから大家の相談を受けているうちに「セツ子さん、あなたのために私はなんとか部屋を満室にしますからご安心を!」などと言い、ヒロシは本当に10部屋すべてを埋める見事な営業手腕を見せるのである。
「まぁ、銭湯もなくなるし、もうアパートは手放さなくてはいけないかと思っていたのにありがとうございました。今度私にごちそうさせてください!」「いやいや、仕事としてやっただけです。その代わり、あなたの家でお茶を飲みたいのです。私も日中、社員がいる中、若干居心地の悪さを感じていますので、その間羽根を伸ばしたいのです」「それくらい構いませんわよ。どうぞお越しください」
かくしてセツ子とヒロシは茶飲み友達になるのだが、それが恋愛関係になるのに日数はかからなくなった。「あぁ、セツ子さん、僕はあなたが大好きです。女房とはまったくなくなり、10年ぶりのセックスです」「私も、ヒロシさん! 私も夫が亡くなってから20年ぶりにこんなに楽しいことをしましたわ」――。
こんなやり取りがあったのではなかろうか。週に5回必ず2人がセックスをしていたかどうかは分からないものの、あの頻度で訪れるというのは尋常ではない。そう考えると、大家がコインシャワー設置に必死になった理由も分かるのだ。アレは、居住者のためではありつつも、自分がシャワーが必要だったのではなかろうか。
Text/中川淳一郎
- 1
- 2