もしもっとあべこべだったら

「ドラマならまだしも」とさっき書いたけど、ドラマたちの存在は無視できない。恋愛ドラマには恐らく黄金比の身長差があって、それに満たない場合は段差を使うとかって都市伝説みたいに聞いたことあるし…実際私も身長でオーディション落ちたことあるし…(身長なんてプロフィールに書いてあるんだから最初から呼ぶな傷つくだろ…)。これが恋愛の正解です!と言わんばかりのドラマを見て育てばそりゃ、自分もあぁいうカップルにならなければと考える。自分の身長と15センチ違う人を理想のタイプに当てはめる。もし、テレビや映画に映るカップルたちの身長がもっとあべこべで超ランダムだったら。「ヒール履けないでしょ」という言葉はここまで世界に浸透しなかったはずだ。

所謂恋愛ドラマや映画を、見ずに育ったわけじゃない。私だって人並みにそういうものを摂取して「これが恋愛かぁ」と勉強してきた。でも今、素直にヒールを履けるのは、七太郎の存在が大きかったように思う。高校生なんていう、物凄く不安定な時期に、自分よりデカい彼女がいた七太郎。でも彼は、そのことを嫌がったりしなかった。「弟だと思われたりして?」みたいな後ろ向きな冗談だって口にしなかった。彼は実際のところ、どう思っていたんだろう。本当は恥ずかしかったりしたんだろうか。思ってなかったら最高だし、思ってたけど言わずにいたならこれもまた最高。なんにしても、私は、一番最初の恋愛が七太郎とのそれだったから、ずっと堂々と恋をしてこれたんだなと強く思う。常識とか体裁とか、この方がイケてるみたいな価値観で動かない人だった。みんなそうでしょ?って思ってたけど、意外とそういう人は少ないのかもしれない。何年か前、背の高い中高年おじさんに「俺と並ぶと自分も女だって感じるだろ?」と言われた時には虫唾が走ったし世界に絶望もしたけれど、それでもこの世界には七太郎のような人もいる。うんこも薔薇もあるのがこの世界だ。

恋愛で何を大事にするかは当然人それぞれで、身長をはじめとするビジュアルの部分に重きを置く人がいるのもわかる。それはそれで、好きなタイプがはっきりしていてかっこいいなと思う。でも、それはあくまで自分の話であって、他者の恋愛観には関係ない。「背が高い人がいいよね」とか「自分の方が大きいの無理」みたいな意見はあまりにもいろんな場所で耳にするから常識みたいに思えるかもしれないけれど、それは常識ではないのだ。自分の世界の常識を手にとって「これできないでしょ」とか「これ辛いでしょ」と声をかけるのは、思いやりではない。できることをできないと勝手に思われるのはしんどいことだし、マイナスだと思っていないことをマイナス扱いされるほど鬱陶しいものはない。私もきっと、自分の常識で誰かに何かを言ってしまったことがある。これからも言いそうになるだろう。そういう時には、七太郎を思い出したい。私が堂々と生きてこれた理由、常識に飲み込まれそうな時に手を繋いでいてくれた人々のことを思い出して、対岸のあなたと手を繋ぎたい。

TEXT/長井短