結婚と孤独
既婚者で、「結婚をしたらもっと孤独になった」。
なんて言う人がいる。
この言葉の本意はわからないけれど、私は結婚してしまえば、孤独は癒されると思っていた。
孤独が嫌で結婚したいと強く願ってもいた。
実際に結婚してわかったのは確かに孤独は癒されることもあるし、孤独はさらに研ぎすまされることもあるということだ。
毎夜ベッドの上で寝ているのは私1人ではない。
寝息をたてている人が、私の横にはいる。
その身体に触ると温かい。
その身体に耳をひっつけると、心臓の音がする。
私の横に、生きている人間がいる。
一緒に生活している人がいる。
でも、この心臓がいつか止まる日が、必ずやってくる。
そんなことを眠れない夜に、1人考えてしまうのだ。
こんな時、孤独の洞窟に吸い込まれて気が狂いそうになる。
「いつか旦那が死ぬのが恐い」
こんな個人的な告白を他人にする機会が何度かあった。
その都度返ってくる反応は、同情ではなかった。
「そんなこと考えてもしょうがない」
というようなものばかり。
「自分以外の他人は、なんてお気楽に生きられているんだろう」
と、他人と自分の違いに驚くことしかできなかった。
ところが、何度も何度も、そのような反応が返ってくるうちに
「私は、暗い点一点だけを凝視して怖がっているだけなのかもしれない」
と思い始めたのだった。
例えば。
目の前にある、大好物のカレーがあるとしよう。
湯気をあげて輝く黄金のカレールーからは、胃袋が目覚めるようなスパイスの香りが漂っている。
「ああ、こんな美味しそうなカレー、食べたら目の前から消えてしまう」
なんて考えて、食べた後のことばかり気にして心配いるのが私だ。
スプーンを手に握りしめ、とろとろのカレーのルーと、ホクホクの白いご飯をほどよい割合ですくって口に運び、舌で十分楽しむ。
目でも、鼻でも、全ての感覚を研ぎすまして、あつあつのカレーを、 一口一口、味わう。
どうせ終わってしまうならば、思い切り楽しんだ方がいい。
じっと眺めているうちに食べてしまったらカレーが消えてなくなることを心配しているうちに一秒一秒、私たちが死に向かっているように、カレーも一秒一秒冷めていくのだから。
Text/中村綾花
初出:2016.01.31