男女逆転作品『軽い男じゃないのよ』を見て

二村ヒトシ×ジェーン・スーイベントレポート
スー

それで二村さんにも皆さんにも観て欲しい、Netflixの『軽い男じゃないのよ』というフランス映画があって。これ、ラブコメっていうタグがついてるんですけど、嘘です!ホラーです!(笑)これは本当に見て欲しい!高慢ちきな、女なら全員抱けるって思ってる色男が電信柱に頭をぶつけて、目が覚めたら男女が逆転していたという設定で、始まりは完全にラブコメ映画なんですよ。
でも主人公が迷い込んだ「男女の権利が反転した世界」が、いちいちエグい。例えば、主人公が「なんかおかしいな」と思いながらも出社してみると、会社にいる社員の7割が女性で。元いた世界では部下だった女性に「今日は女が多いね」って何の気なしに声を掛けると「これでも努力しているんだよ」と返される。これって、女性を増やしてくれって言った時に男性上司が見せる態度と同じ。すみやかに女性社員を増やす気なんてないっていう姿勢を、男女逆転して見せているんですよね。あとは町中が男性の半裸のポスターだらけ。それは「男女反転の世界では女性も男性のようにエロい」ってことじゃなくて、単純に権力勾配の話なんですよ。

二村

男にそれを決定する権利がないってことですよね。

スー

あれは本当観たらゲェーって吐きそうになるどころの騒ぎじゃないですよ。ビョークが首をつって死ぬ『ダンサー・イン・ザ・ダーク』っていう映画があったじゃないですか。あれくらい、うわぁぁぁ…ってなりますよ。

二村

政治的に見れば、女性は「そうなんだよ!よくぞ言ってくれた!」ってなるだろうだけど、ジェーンさんはゲェーってなったんだ。

スー

男女を入れ替えただけで、思った以上に差別の構造がハッキリ見えたからでしょうね。あと、映画の始まり方がね。女をモノとしか思っていない主人公が幼稚園生のとき、好きなものを選んだら「男の子のくせにおかしい」と嘲笑されるシーンから映画が始まるんですよ。役割を押し付けられているのは男女どちらもなのだと釘を刺してくる。だから気持ちの持って行きようがないというか、逆にしたところで地獄だし、表に戻したところで地獄だし…我々が地獄にいるっていうことだけを伝えてくる作品なんです(笑)本当にラブコメのタグを外せ!!って感じですけど。発散する場所がないんですよね。

二村

でも、ラブコメに擬態して、すごくやばい事実を突きつけてくるのってまさに「映画」の仕事ですね。

「自分を弱いと思うことはその人を救わない」

<人が人と関わる中で、どうしても逃れ切ることができない“権力勾配”。時に人を下に見たり、上から見られたり…。私たちはそのことにどう向き合っていけば良いのか。二村さんは同性愛を扱っている映画『ブロークバックマウンテン』と『キャロル』を例に、1つの答えを提示してくれました>

二村ヒトシ×ジェーン・スーイベントレポート
二村

『ブロークバック・マウンテン』とか『キャロル』って、僕はLGBTだけの物語だとは思ってなくて。『ブロークバック・マウンテン』なんて普通に不倫の話だなって思うんですよね。相手に奥さんがいる人を好きになってしまった独身の女性がやりがちだけど、相手が立場的に有利で自分が弱者だからって、気持ちを押し付けてしまうことがある。一方で『キャロル』の方は権力勾配があるからこそヒロインは人妻の女性を好きになるんですけど、ずっとそのままじゃなくて恋愛をしている中で自立していくんですよ。恋愛において力関係ができてしまう時に「自分は弱い」と思い続けることはその人を全然救わない。むしろ誰かを好きになったからこそ自分の足で立てるようになる、それがないと不倫だろうが同性愛だろうが親に認められた結婚だろうが、どんな関係においても辛くなってしまうっていうことを『キャロル』を観て感じたんですよね。 “弱者であり続けること”を行使するのは不毛です。

スー

パッシブ・アグレッシブってやつですね、受身なようでいて実は攻撃しているっていう……。

二村

「私は、僕は、貴方との恋愛関係において傷ついていますよ」っていう弱いところを逆手に、相手をコントロールするんですよね。だから“罪悪感を持っちゃっている、強い人”は気をつけた方がいい。

スー

それでいうと、『セレステ∞ジェシー』のセレステはパッシブ・アグレッシブをやられがちですよ。

二村

強くなるべきだっていっても難しいのは、なんか弱い男って弱いままで強い女の人を乱暴に乗り越えようとしてくることがあるよね。

スー

そうですね。乗り越えようっていうか、腹が立つんでしょうね(爆笑)

約1時間のイベントもあっという間に終了。最後に、二村さんは『あなたの恋がでてくる映画』の読者にメッセージを送りました。

二村ヒトシ×ジェーン・スーイベントレポート
二村

ラジオやコラムでジェーン・スーさんをご存知の皆さんが多いと思いますけど、僕がスーさんの著作で大好きなのは『生きるとか死ぬとか父親とか』です。僕の心の穴が掻きむしられました(笑)。
さて、スーさんと僕は一本の同じ映画を見た感想も分析の仕方も違うけど、共通するのは、われわれは映画オタクでも評論家でもなくて、まったく自分勝手な見方をしているということ。そういう映画の見方をする人がいてもいいんじゃないか。読者の皆さんもあなた独自の勝手な見方をしてください。いろんな解釈ができる映画が「いい映画」だと思うので、そういう映画を作ってくださるスタッフ・キャストの方々に最大の感謝を。そして、ぜひTwitterでハッシュタグ「#あなたの恋がでてくる映画」を付けて、あなたの恋愛の嬉しさや苦しさ悲しさがでてきた映画のタイトルを僕に教えてください。

★現在デイリー新潮では、イベントに登壇した二村さんの連載「良い不倫 悪い不倫」が配信中。二村さん本人が不倫当事者にインタビューし、家庭のことや不倫に至るまでの経緯について切り込みます!

TEXT/苫とり子