『ブルーバレンタイン』は「当たり前だろ!」

『あなたの恋がでてくる映画』を読み、同じ映画でも抱く感情に男女の違いがあると気づいたというスーさん。最初に名前が挙がった映画は、2010年に公開された映画『ブルーバレンタイン』。この映画は、あるカップルの出会いから結婚〜破局までを描いた作品です。二村さんはこの作品を「血を流しながら観る映画」と表現。対して、スーさんは「当たり前だろ!」と感じたようで……?>

二村ヒトシ×ジェーン・スーイベントレポート
二村

『ブルーバレンタイン』は、心のこもった恋愛の末に結婚した男女の、その後の“分かり合えなさ”を描いている、まさに痛い傑作。その分かり合えなさって普遍的だなと思うんだけど、スーさんはお互い覚悟しとけよ! 一緒に暮らすってこういうことだぜ! って思ったんですね。

スー

そうですね。見ごたえのある映画だとは思います。ただ、あれに心をえぐられている男性が多くて、それがキョトンなんですよ。だって当たり前じゃん、あぁなるしかなくない?なんでえぐられてんの?って話で…!(笑) えぐられているということは、皆さん多かれ少なかれ、身に覚えがあるってことですよね。

二村

一刀両断…(笑)

<そんなスーさんですが、ご自身もある映画を観た時に心をえぐられたことがあると語ります。それは、2012年公開の『セレステ∞ジェシー』です。経営者として成功を収めているヒロイン・セレステ(ラシダ・ジョーンズ)は、結婚して6〜7年経つ芸術家の夫・ジェシー(アンディ・サムバーグ)と別れることを決意。しかし、離れてはじめてジェシーの大切さに気づくセレステに、スーさんが感じたこととは?>

スー

セレステはジャッジメンタルなんですよね。“彼が頑張ってくれない”とか“すごく良い人だけど、彼が父親になったら子供が可哀想”とか、まだ親にもなっていないのにジャッジしてしまう。しかも基本的に自分の方が優位だと思っているから全ての会話で頭から否定して、そこでそれ言わなくても良くない!?ってことが連続で起きるんですよ。そこにセレステは気づいてないんですけど、ジェシーはそんな居丈高なところを含めてセレステをありのまま受け止めている。でもセレステのは条件付きの愛情。こうなると、映画だと完全にジェシーの方が先に女ができるじゃないですか。で、できるわけです。そこからのセレステの取り乱し方がね…!

二村

スーさんはそれを観てどういう気持ち? 僕がこの本に書いているように、“スーさんの心の穴”が掻きむしられているの?

スー

そうなんです。もうセレステ大嫌いなんですよ(笑)確実に“同族嫌悪”です。あそこまであからさまじゃないですけど、セレステが「あなたは自分が人より賢いと思っているかもしれないけど、他者を理解しようとする前に侮辱とか侮蔑が先に来るのが、あなたの最大の欠点よ」って若い女性に言われるシーンがあって、私も絶対にそれをやっている…! と。

二村

スーさんのセレステの嫌いようたるや、『マッドマックス 怒りのデスロード』を本の中で取り上げた時の、悪役イモータン・ジョーに対する僕の気持ちと全く同じですね。

スー

“同族嫌悪”は自己嫌悪ですからね…。

『her/世界でひとつの彼女』での人間の力関係

<終盤は主に、映画『her/世界でひとつの彼女』の話題で持ちきりに。この作品は主人公のセオドア(ホアキン・フェニックス)が人工知能型OSサマンサ(声の出演=スカーレット・ヨハンソン)の魅力に虜になっていくストーリー。しかし、そこにはやはり、恋愛関係における問題が隠れているようです。>

二村ヒトシ×ジェーン・スーイベントレポート
スー

ご著書にあった、『her/世界でひとつの彼女』を改めて見返してみたら、セオドアってこんなに子供っぽかったっけ?と思って。見た目はロマンチックおじさんなのに、13歳の男の子みたいな喋り方なんですよ。あと恐ろしかったのは、映画が公開されて10年も経ってないのに、未来として描かれていたスマートフォン家電とかが今は全部ありますよね。

二村

観ると、SFじゃなくて完全に今の話じゃん!ってなるよね。サマンサほどにはまだSiriやAlexaは頭が良くないけど、アイドルやキャラクターやぬいぐるみに対して、あるいは現実の恋人や結婚相手に対して、こっちを絶対に裏切らないコミュニケーションを求めて「ただ愛してほしい」と欲望する人ってたくさんいる。会ったこともない相手とインターネットでケンカしてる人も多いけど、その「愛してほしい」が「憎みたい」に逆転しただけで、あれも同じことをやってる。

スー

そうですね。やっぱり、すごくここが難しいところなんですけど、往々にして自分も含め、優位に立てる相手には素直になれるっていう特性があるじゃないですか。本当に最悪な特性ですけれども。

二村

でもさ、最悪って言うけど、人間相手に恋愛するときに何故それをしてしまうんですかね。作家の中村うさぎさんや歌人の枡野浩一さんが「あらゆる恋愛は差別である」って言っていたけど、対等な相手には興奮できない人間の性みたいなのがある。なんらかの力関係があると興奮するんだよね。

スー

『her/世界でひとつの彼女』においては、何やかんや言って(サマンサは)小粋な会話はできるけども、所詮肉体を持たないってところでセオドアは圧倒的な優位を保っていて。結局、彼が彼女をアンインストールしない限り、彼女が彼を捨てることはないと高を括っている。
だけど最終的にどんどん彼女の方が賢くなっていって、そうすると彼の中で彼女に対する執着が芽生えて、最終的には置いてかれる。しかも、サマンサが嘘をつかず本当のことを言ったから、彼も打ちのめされるばかりで怒りを発散する場所がないんですよね。

二村

何故なら、コンピューターの中にしかいないサマンサに対して「僕のために人間になってくれ」って望んだのは彼ですからね。そうしたらどんどん彼女は人間の感情を勉強していって、いつの間にか彼を追い抜いているみたいな。

スー

「僕と同時にほかとも会話をしているのか?何人?」って聞いたことに対してサマンサから「8316人よ」って言われちゃうとね…! そこで彼は唾棄したくなるわけじゃないですか。サマンサに恋愛感情を持ってたからなんでしょうけど、機械相手でもアバズレ認定するんだなと思って。このオヤジめ〜〜!って思いながら観ていたんですけども(笑) 処女性みたいなものを実は重視している、彼のいやらしいところが後半だんだん見えてきましたね。

二村

う〜、スーさんはそう観るのか…。いや、おっしゃる通りだと思います。日本のフェミニストの人が、日本のオタクを批判するときに「ほんと日本人の男って子供っぽくて!」って言うけど、『her/世界でたったひとつの彼女』を観ていると、“相手を目下にみたい”とか“自分のわかる範囲にいてくれ”って願う気持ち、あるいは“自分より目上でいてくれ”とか“どこか素晴らしい世界に連れていってくれ”って気持ちって、アメリカ人・日本人の差がないのはもちろん、現実とコミットしていないオタクだからそうってわけじゃなく、人間ってほぼ全員そうだよね。なんで好きになって、自分に優しくしてくれた人に対して物語を押し付けすぎちゃうんだろう。

スー

思い通りになると、どこかで舐めてしまうんでしょうね。部下が自分より知識が多かったら警戒するじゃないですか。結局、すべてはある程度権力の物語なんだと思います。弱肉強食の世界だって言っちゃったらあまりにも動物的すぎるけど、それに興奮するか嫌悪するか、許容するか行使するかの違いでしかない。