本日はクリスマス、皆さまはどうお過ごしでしょうか。っていうのも、クリスマスってイブの24日が主役で、25日の当日は、むしろ祭りの後のような雰囲気じゃないですか。チキンもケーキも昨晩食べてしまっていたら、今日は意外とやることがない。
ちなみにわたしはというと、例年クリスマスイブに丸鶏を焼く習慣があるため、翌日の冷蔵庫の中には、中途半端に身のついた丸鶏が残る。したがって、これを参鶏湯かカレーにリメイクしたものがクリスマス当日のメニュー。結論としてクリスマス当日は、前日に食べ散らかしたチキンの残りを煮込んで過ごすというわけです。ロマンスの欠片もねーな!
といいつつも、クリスマスをどうするかで、頭を悩ませるのが、余った丸鶏で取ったスープを塩で味付けてもち米をぶちこむorジャガイモ人参玉ねぎを足してカレー粉を溶かす……といったのんきな問題しかないことは、なかなか幸せでもあります。
なぜなら、価値観がまったく合わない恋人と付き合っていた頃、クリスマスや誕生日、年末年始といったイベントは鬼門でしかなかったからです。
行事で可視化される価値観
クリスマスや、誕生日や、年末年始などの行事って、「どう楽しむか」という価値観が、はっきりと可視化されますよね。例えば、食事ひとつとっても「クリスマスだから、通例に倣ってチキンを食べよう」となったとして、フレンチレストランのフルコースと張り込むのか、カジュアルなバルでローストチキンをチョイスするのか、サイゼリヤで辛味チキンをオーダーするのか、鳥貴族で焼き鳥をつまむのか、ケンタッキーでバーレルするのか、ファミチキで済ませるのか。サイゼリヤと鳥貴族、ケンタッキーとファミチキくらいの価値観の差ならば、簡単に乗り越えられそうな気もするけれどフルコースとファミチキの差を埋めるのは、なかなか厳しい。
当日、どこで何をするかという問題もあって、家で過ごすのでも、「外は混んでいるから出掛けず、家でネトフリを観る」のか「イルミネーションを観に行ってから家で過ごす」のか。「友達を呼んでパーティーをする」という手だってある。外泊するにしても「せっかくだから温泉旅行にいく」か「憧れのシティホテルに泊まってみる」か「ラブホテルでヤリまくる」かって、いくつもある選択肢の中から何を選ぶかで、「どう楽しむのか」という価値観が露わになる。
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