安心安全の「女だけの街」はうまくいくか?いかないか?選ばれし者の“理想郷”が破綻するとき

理想のコミュニティを求めて

by Larm Rmah

数年前、「女だけの街があればいいのに」というツイッター上の発言が、賛否両論を巻き起こしたことを覚えている人はいるだろうか。男性がいない街さえあれば、性犯罪などにおびえることなく、深夜にキャミソール1枚でコンビニまでアイスを買いに行くことだってできるのに……という主旨のツイートである。

当時話題にのぼらなかったのが不思議だったのだけど、「女だけの街」がたぶんまだ世界のどこにも存在していないかわりに、「男だけの街(というか、島)」なら、実はすでに存在している。ギリシャ正教の聖地、アトス島である。詳しくは村上春樹の『雨天炎天』というエッセイ集におさめられているので、興味がある人はぜひ読んでみてほしい。アトス島が女人禁制である理由は宗教上のものであるが、女がNGなのは人間だけではなく、家畜であってもメスはダメということなので、その徹底ぶりたるや、である。

個人的には、過去のトラウマ体験に悩んでいる人や、様々な事情から男性との接触をどうしても避けたい人たちが中心となって、ごくごく小さい規模で「女だけの街」を作ってみるのはアリなんじゃないかと思う。数年前の件のツイートには差別的だという批判もあったけれど、すでに「男だけの街(島)」は存在しているんだから、動機はちがえど同様の発想をしてはいけない理由が思いつかない。

選ばれし者だけが乗船する核シェルター

さて、今回話題にしたいのはそんなアトス島の旅行記『雨天炎天』ーーではなく、安部公房の小説『方舟さくら丸』だ。主人公は、人との接触を避け、引きこもり同然の生活をしている男・モグラ。モグラは地下採石場跡の巨大な洞窟に核シェルターを造り、来るべき核戦争に備えて、この核シェルターでともに過ごす資格を持つ人間を探している。

モグラはある日、買い出しに出かけたデパートの売り場で、ユープケッチャという不思議な昆虫に出会う。ユープケッチャとは「時計」を意味するらしく、この昆虫は反時計回りに回転しながら、脱糞した自分の排泄物を主食に生き続けることができる。完璧に近い閉鎖生態系。モグラはユープケッチャに強く惹かれ、核シェルターのシンボルにしようと決める。そして、このユープケッチャを売っていた昆虫屋と、デパートが雇ったサクラとして売り場を賑わせていた男女が、紆余曲折を経て核シェルターの乗船員となるのだ。

モグラを船長とするこの核シェルターが何を象徴しているのかと考えると、アトス島のような気もするし、「女だけの街」のような気もするし、どこかの国の気もするし、企業や学校のような気もする。そこに住み生活するためには何らかの条件がいるもの、排他性を持つコミュニティのすべて。

コミュニティはある思想を持つが、乗船員は100%その思想を理解し共感するわけではない。必ずどこかにノイズがあり、またコミュニティへの侵入者が登場する場合もある。『方舟さくら丸』の話でいえば、サクラとその相方である女が乗船員に加わってしまったことは、モグラの想定外だった。

そもそも「家族」が強い排他性を持ったコミュニティだし、人間はどこのコミュニティにも属さずに生きることはできない。『方舟さくら丸』は、社会で生きること、他者とともに生きること、ユープケッチャのようには生きられないことなどなど、世の中のさまざまな状況の寓話なのだと思う。