元カノのSNSをチェックして嫉妬する自分が嫌…でも巨匠・ゴダールの妻も同じだった

by Markus Spiske

恋人の元カノに嫉妬する私たち

「この世界に、こんなかわいい女がいるなんて信じられない!」これは、ジャン=リュック・ゴダールの映画『女は女である』を初めて観たときに、私が抱いた感想である。主演女優アンナ・カリーナのウインクが、彼女が身に付けていた赤いタイツと赤いニットカーディガンの組み合わせが、ファー付きの青いワンピースのコケティッシュさが、あまりにもかわいくてビビってしまったのだ。

そんなビビるほどのかわいさと輝きを放つ女優のアンナ・カリーナは、私生活では約4年間、映画監督ジャン=リュック・ゴダールの妻でもあった。しかし今回話題にしたいのは、そのかわいさ120%のアンナ・カリーナではない。アンナとの離婚後に新しくゴダールの妻の座についた、アンヌ・ヴィアゼムスキーである。

私たち凡人は、つい恋人の元カノに嫉妬する。元カノでなくても、恋人の初恋の人のことが、一度だけ関係を持ったらしい人のことが、ずっと仲良くしているらしい女友達のことが、とにかく恋人の頭の中にいるっぽい人のことが、気になって仕方がない。もしも彼女が自分よりも美人だったら落ち込むし、もしも彼女が自分より稼いでいたらそれも落ち込むし、もしも彼女が自分より料理が上手かったらそれも落ち込む。恋人の元カノ的存在と自分の差を、無限に見つけてしまう。

しかしそれは凡人だからで、祖父にノーベル賞作家のフランソワ・モーリヤックを持つロシア貴族のアンヌ・ヴィアゼムスキーならば、夫の前妻がどれだけかわいかろうと、女優として才能があろうと、嫉妬などしないのではないか。自己を確立して凛としているのではないか。恋人(夫)の元カノ(前妻)がアンナ・カリーナってどんな気分!? と、私は『女は女である』を初めて観たときからずっと、アンヌ・ヴィアゼムスキーのことが気になっていたのだ。

『彼女のひたむきな12カ月』で語られる、アンナ・カリーナへの嫉妬

1947年生まれのアンヌ・ヴィアゼムスキーがゴダールと結婚したのは、なんと彼女が20歳のとき。しかし結婚生活は長く続かず、アンヌも前妻アンナと同様、ゴダールとの結婚を実質4〜5年で解消している。離婚後、小説家としての地位を確立したかったアンヌにとって、「ゴダールの元妻」という肩書きは邪魔だったのだろう。長らく2人の結婚生活については口を閉ざしてきたアンヌだったが、2012年に、ゴダールとの出会いから1年間を描いた自伝的小説『彼女のひたむきな12カ月』を発表する。ちなみにこの続編が『それからの彼女』で、こちらは『グッバイ・ゴダール!』という邦題で映画化されている。

『彼女のひたむきな12カ月』で驚くのはなんといっても、巨匠ゴダールの、そのキモさである。2人の出会いは、36歳のゴダールが19歳のアンヌからファンレターを受け取るところから始まる。ファンレターに感激したゴダールが、飛行機に乗ってアンヌに会いにきてしまうのだ。出会い方からしてちょっと怖いが、その後も、アンヌが友達の家に泊まっているときにしつこく電話をかけてきたり、免許も持っていないアンヌにいきなり車をプレゼントしたりと、ゴダールの行動はいろいろとヤバイ。解説を書いている山内マリコさんも、「現代の感覚で読むと、これって一種のデートDVでは?」と心配している。

ゴダールのキモさについ目を奪われてしまうのだが、そんな異常な日々の中で、アンヌがときどき前妻アンナ・カリーナのことを書いているからドキッとする。ゴダールの映画が好きだからこそ、その映画の中で輝くアンナと自分を、無意識に比較してしまうのだと。ゴダールが「アンナのことはもう好きじゃないよ、前は重要だったけど、今はそうじゃない」と言ってくれても、自分もいつかそう言われるのではないかと不安になるのだと。考えてみれば当たり前なんだけど、そこにいるのは祖父がノーベル賞作家であることもロシア貴族であることもまったく関係ない、ごく普通の19歳の女の子だ。