思ってた2020年と違う…?
夏も終わり、2020年も残すところもう、あと3ヶ月と少しになってしまった。2020年といえば、本来であれば東京オリンピックを開催するはずだった年だ。数字的にもキリがよかったから、たとえば「2020年までに結婚する!」みたいな目標を持ち、ある種の区切りの年として臨んだ人も少なくなかったのではないかと思う。
しかし結果としては、「思ってた2020年と違う……?」といった感じで、まさかこんな形で世界が変わってしまうとは誰も予想していなかっただろう。経済的危機に直面した人もいるかもしれないし、私もいくつかの予定変更を迫られ、なんとなく不完全燃焼の年になってしまったというのが正直なところだ。
六星占術によると、水星人マイナスの私にとって2020年は大殺界らしく、現状維持ができれば御の字とのこと。普段は大して信じないくせにこんなときだけ占いに頼るのも浅ましいが、私の中では2020年は「ちょっとペースを落として休む年」ってことで、あまりパッとしなかったけど、まあこれでよかったのかなと思っている。
そんな閉塞感が漂う2020年、残り3ヶ月と少しの間にもしも時間があったら、マヌエル・プイグの『蜘蛛女のキス』を読んでみるのはどうだろう。なんとこの小説、400ページ以上ある長編なのだが、物語の9割がブエノスアイレスの刑務所にある独房の中で進む。しかも、登場人物はその独房に収監された囚人である、猥褻幇助で罪を問われたモリーナと、革命家バレンティンの2人だ。基本的に舞台は変わらず、登場人物は(ほぼ)2人だけ。それでどうやって400ページも話が進むのか。
独房でエンドレスに続く2人の会話
しかもこの小説、いわゆる「地の文」がない。脚本っぽい感じなので題材にしやすいのか演劇や映画にもなっているんだけど、モリーナとバレンティンの会話だけで、ぐいぐいとページが進んでいく。そんな2人は何を話しているのかといえば、主には、モリーナが好きな映画の話を、バレンティンにずっとしているのである。黒豹女の映画、ソンビ映画、ナチスの物語の映画……。一晩で話が終わらない場合は、「また明日」「お休み」と言い合って眠ったあと、また翌日に映画語りが続いていく。モリーナの語りに、バレンティンとともに私たちもどんどん引き込まれ、ここが刑務所の中の独房であることを忘れてしまう。
「そんなこと言ったって、本当にすてきな映画だったんだもの、それにあたしにとって大事なのは映画なのよ、だってさ、ここに閉じ込められている間、頭がおかしくならないようにするには、すてきなことを考えるより仕方ないじゃない、ちがう? 答えてちょうだい」
「なんて答えりゃいいんだい?」(p.125)
2人は収監されているのであって、外出を自粛しているわけではない。でもモリーナにこう言われるとなんだか、「正しい外出自粛生活」のあり方を教えてもらっているような気がしてこないだろうか。ずっと独房の中にいるのに、モリーナの語りによって、私たちはバナナ農園に行くことも、オープンカーで海岸を走ることもできる。ずっと同じ場所に留まっていることも、登場人物が極端に少ないことも、物語が豊かであることにはまったく影響しないのだ。
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