自分が選んで、手をかけた家で暮らす

それまで住んでいた贅沢な家も決して悪くなかったけれど、壁や絨毯はとりあえず白にしとけば大方の人は文句言わないだろうっていうような、投げやりな最大公約数といった感じで特に共感はなかった。部屋の造りはどれだけ広くても、照明ソケットの位置なんかで、ダイニングテーブルはここ、ソファはここっていうように、あらかじめ家具の配置を決められているような窮屈さもあった。とは言え、私自身にそこまでのこだわりもないので、まあそんなもんだな、と思い生活していたのだ。

ところがこの新しい物件を発見したことによって、欲望が途端に、パーンと炸裂してしまったのだ。自分が手をかけた家で、自分の好みを遺憾なく発揮して、好きなように暮らす、なんて楽しそうだろうと思ったら、もうそこで暮らす以外の選択肢が頭の中になくなってしまった。それで結局、家を見つけた翌々月には引っ越しをした。契約自体は翌月に済んでいたものの、床板を貼り替えたり、壁紙にペンキを塗ったり、入居前のDIYに1ヶ月ほどを要したのだ。

大きい家具もあらかた処分して、ついに迎えた引っ越して当日。手伝いにやってきてくれた妹が新居を見るなり、しみじみとした表情で言う。

「よくここまで生活レベルを落とせたね、お姉ちゃん偉いわ」

私はそれを聞いたとき初めて、そういえばそうか、と思った。それまでより狭くて、古くて、家賃の安い家に引っ越すというのは、一般的にはいわば左遷、あるいは都落ちなのであって、体裁を気にすると結構屈辱的なこと。成し遂げるだけで立派だと褒めてもらえるようなことだったのだ。

実際、今私の住んでいるこの家がDIY推奨でもなんでもなく、ただの狭くて古いだけの家だったら、やっぱりちょっと惨めな気持ちになっていたと思う。だけどこの家は、前の家に決してなかった新しい価値を持っていたから、私の中では理想とする暮らしを手にするための完全なる栄転だった。DIYした狭くて古い家に住んでいる私はちょっとこだわりがあるっぽくてカッコイイし、おまけに家賃が下がってラッキー、そんなミーハーな思いで胸いっぱいだったのだ。