女の一人旅は物語の終わりを始まりに変える

女の一人旅には、いつだって物語がある。希望に満ちた新たなる物語がちゃんと用意されている。

世界は一人の女を受け止められる

 素麺とオリーブが特産の瀬戸内海の島、小豆島にはサン・オリーブ温泉という温泉があるんだけど、これがもう最高なのだ。ハーブ湯とか寝湯とか歩行風呂(90センチ以上の水深があって謎に中を歩ける)とか、いつまで入ってても飽きない複数のお風呂に、ミストと普通のと2種類のサウナなど、充実の屋内施設もさることながら、ここの最高ポイントは何といっても瀬戸内海を臨む絶景の露天風呂だ。きらきらと輝く海を見ながら熱いお湯に浸かっていると、時折涼しい海風がそよそよと頬を撫でていく。静かな空にはゆうゆうと風に乗って飛ぶトンビ。こんな幸せの極みを大人1人700円、タオルセットを借りても800円っていう親切価格で買えるんだから、繰り返すけど本当に最高なのだ。

初めての一人旅…
「飾りじゃないのよ涙は」が聞こえるスナック

 約5年前、うまくいかない結婚生活に傷心だった私は、子どもたちが夏休みの旅行で私の実家に滞在している隙に、思い立って一人旅に出た。「妻は亭主に愛されなかった」のままでいるのは何とも惨めだから「そこで旅に出た」って付け足したかったのだ。終わりそうな物語を、物語の始まりに転換したかった。そこで、旅に出るしかない、というわけだ。この旅行は非常に有意義だった。何しろ私はそれまで、一人暮らしをしたこともなければ、一人旅をしたこともなかったのだ。それどころか、こんなにも長い間、一人で過ごしたことすらなかった。

 高知に滞在していたある夜、繁華街を1人で歩いていると一見して常連しか入店しないような小さなカラオケスナックがあって、中から小さく「飾りじゃないのよ涙は」が聞こえてきた。……ぐっときた。呼ばれてる、と思った。今この瞬間、この店の中に入らなければ、私がこの旅に出た意味がないだろう、行け、行けよ!と私の中の意識高い私がけしかける。
しかし一方で私の中の冷静な私がそれを制する。よく考えて。私が入った瞬間、中にいる常連たちの刺すような鋭い視線と共に、音楽がピタッと止まったりするような悲惨な事態を招きかねないわよ、と。大体、私はその当時スナックはおろか、バーにも、居酒屋にだってろくに入ったことがなかったので、お酒が酌み交わされる場にいるのは大半がヤクザとすら思っていたふしがあった。ヤクザの巣窟かもしれない場所に、入るべきか否か。悶々と悩んでいたところふいに後ろから肩を叩かれ、ぎょっとして振り返ると、茶髪をツンツンさせたカジュアルな装いの見知らぬお兄ちゃんが立っていた。
ああ、ついにヤクザに見つかったか、と観念しかけたそのとき「ちょっとちょっとお姉さん、なんでこんな店に入ろうとしてんの?ここじゃなくて違うとこに飲み行こうよ」とお兄ちゃんが言う。なんと人生初ナンパに遭遇したのである。ちょっと悩んだものの、ついて行った先でラッセンの絵を売られたらせっかくの初体験が汚れてしまうと思い、結局はついていかなかった、それでも、貴重な思い出となった。

 翌日には高松に移動し、そこから小豆島に渡った。 何故小豆島かっていうと、私は無類の素麺好きだったからである。小豆島に渡ればきっと、そこでしか食べられない絶品の素麺が食べられると思ったのだ。が、すぐにその期待は裏切られることとなった。
「美味しい素麺のお店ありますか?」と、たまたま乗ったタクシーの運転手さんに聞いてみたところ、「いや〜、素麺は普通、家で食べるから、特に店はないねえ」と運転手さん。もっとも過ぎてぐうの音も出ない。最終的には意地になって船着場の食堂で素麺を食べた。
正直なところ、小豆島にはこれぞという観光地があるようでなく、あっても移動手段がなかったりして、結構時間をもてあました。それで、時間を潰すために仕方なく立ち寄ったのが、冒頭で紹介したこの世の天国、サン・オリーブ温泉だったというわけである。