一人だけ「地下足袋」をはいたお兄さん
初めてその人に会ったのは、滞在二日目、トレッキングのツアーに参加したときのことであった。男性の年齢は、見たところおそらく20代後半から30代前半。数多くいる参加者の中でも特にこの人が目を引いた理由は、一人だけ「地下足袋」を履いていたからである。みんながトレッキングシューズを履いている中、「地下足袋」。おまけに頭には帽子の代わりに、さまざまな種類の家紋がプリントされた「手ぬぐい」を巻いていた。エコツアーという場にありながら、この男性一人だけ、なぜか大工の棟梁のようないでたちだったのである。
森を歩き、山を登り、道道でガイドさんから小笠原の自然についてのレクチャーを受けるこのツアーで、地下足袋のその人は周囲の期待に応えるかのように、あまりにも見事な「木登り」を披露した。巨大なジャングルジムのようなガジュマルの森で、他の参加者が2メートル、頑張って3メートルあたりまでやっと登ったかというときに、一人だけ、姿が見えなくなるほどの高みに上り詰めていたのだ。「じゃ、そろそろ降りてきてください〜」というガイドさんの掛け声に、するすると幹を滑るように降りてくる地下足袋の人。地面に降り立つも、息を切らすこともなく涼しい顔をしている。何者なんだ、と周囲がざわざわする。「あ、この方はプロの方なんで」とガイドのお兄さんがよく分からない説明をする。よくわからないが、何かのプロであるらしい。
翌日は、ボートでシュノーケルに行くツアーに参加した。このツアーでも、再び地下足袋の人と一緒になった。その日の参加者のほとんどがオプション料金で借りたウェットスーツやフィンを装着、万全の体制を整える中、地下足袋の人はというと、自前のぺらっとした水着一つで颯爽と海に飛び込んだ。しばらく潜って、再び浮上したその瞬間、高々と掲げられた右手の中には美しい海蛇が一匹、握られていた。