「SNSと承認欲求」みたいなテーマは、もうだいたい一周して、語られ尽くした気がする。『ゴミ屋敷とトイプードルと私』に出てくるような女性にはちょっとなりたくないけれど、SNSにまったく触れずに生きていくなんて、今となってはもう現実的ではない。インスタともTwitterとも使い方をよく考えつつ、今後も上手くやっていくしかないのだろう。
だけど私たちはやっぱり、インスタ映えする角度や光の当たり具合を熟考したり、他人からどう見られるかを意識しすぎることに、今もなお潜在的な恐怖を抱えているように思う。そして、その恐怖をもっとも悪意あるかたちで小説化したのが、本谷有希子『静かに、ねぇ、静かに』に収録されている『本当の旅』という短編だ。いや、この小説は本当に怖かった……。
インスタで書き換えられる記憶
主人公のハネケン、づっちん、ヤマコ。『本当の旅』は、この3人組が、旅行でマレーシアのクアラルンプールを訪れる物語だ。3人はインスタをやっていて、空港にいるときからすでに「どうすれば自分たちがもっとも楽しそうに見えるか」を考えながら、パシャパシャ自撮りをしてはインスタにアップしていく。彼らは心地よいヴァイブレーションを共有していて、結婚だとか育児だとか仕事だとか、不自由なものに縛られないのだ。
不気味なのは、この3人組が、本当は自分たちの状況があまり良くないことを知りながらも、必死にそれに気付かないようにしているところである。ハネケンは飛行機の中で「地球の歩き方」を読むけれど、クアラルンプールで行きたい場所を1つも見つけられない。マレーシアまで来たのは、あくまでづっちんが「超いいよ」と言っていたからだ。しかし行きたい場所が見つけられなくても、友達のセンスを疑うなんてイケてない。だから、「クアラルンプールに来る必要なんてなかったのでは?」という自分の疑念を、心の中で一蹴してしまう。3人で食べた屋台の料理も、ハネケンは「日本でだったらお金を出したくないレベル」と感じる。だけど、インスタには美味しそうな写真を撮ってアップする。そして、本当は料理が不味かったという感覚を、自分の中で必死にごまかし忘れようとするのだ。
「SNSと承認欲求」みたいなテーマは、たしかに語られ尽くした。でも、「写真に映ったものと自分の感覚が本当は違う」ということは、やっぱりなんだか不気味だ。ありふれたテーマなのだけど、悪意を表現する天才である本谷有希子の手にかかると、わかってはいても、これが本当に怖い。
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