本当はあのことがすごく嫌だった――「いい子」をやめて、心の奥を見つめてみる

女性の画像 Sonnie Hiles

とにかく、私は人の心の機微に疎い。今日この人は機嫌が良いとか悪いとか、相手が自分にどういう反応やリアクションを求めているのかとか、何を言って欲しいのかとか、そういったことがあまりわからないのである。
わからないから、良くも悪くも、いつも私が思ったことを思ったままに、感じたことを感じたままに話している。平たくいうと空気の読めないやつなので、集団の中ではわりと浮き気味だし、私のそういった特性を悪く思わない人としか恋人や友達になれない。人間関係や仕事に支障が出るほどではないので、いわゆる「発達障害」ではない(と、自分では思っている)のだけど、問題は大ありだ。

でも、親をはじめとする周囲の人の顔色をあまり伺うことなく生きてこられたのは、考えようによってはけっこう幸運だったのかもしれない。
直木賞を受賞した島本理生の『ファーストラヴ』に描かれているのは、私とは真逆の、人の心の機微に敏感すぎる女性だ。

周囲にはわかってもらいにくい、問題の本質

『ファーストラヴ』の主人公・真壁由紀は、臨床心理士として働いている女性である。父親を殺した後に多摩川沿いを血まみれになって歩いていた女子大生・聖山環菜について、由紀がノンフィクションとして執筆の依頼を受ける……というところから、物語は始まる。
女子アナを志望して就職活動をしていた環菜は美しい容姿をしていたこともあり、彼女が犯した父親殺しは世間で大きな注目を集めたのだ。環菜は逮捕された後、「動機はそちらで見つけてください」と言葉を残しているのだけど、これはそのまま、読者である私たちに言われたものだと受けとっていいと思う。

ネタバレはなるべく避けるけれど、父親を殺した聖山環菜は、幼い頃に画家である父親に命じられて、よく教室の男子生徒たちの前で絵のモデルをやらされていた。もちろんヌードではなく着衣でモデルをやっていたのだけど、ここで「ヌードじゃないなら、まあ普通じゃない?」とよく話を聞かずに周囲が納得してしまうところに、昨今よく耳にする問題の本質が隠れている。
性的虐待を受けていたわけでも、暴力を振るわれていたわけでもない。まわりからは、「たいした問題じゃない」と思われる。でも本人からすると、ヌードではなく着衣だからOKではすまない、様々な事情や背景がある。環菜は家庭の中で、誰に気付かれることもないまま、精神を病んでいってしまうのだ。