レビューを見ると「胸糞悪い小説」?

しかし、「平均的な異性愛主義の価値観を持つ」二谷を責めることもまた難しい。彼は旧態依然とした価値観を持つ家庭で育ち、違和感を抱きつつも、そこから脱することが困難なのだ。芦川よりはむしろ押尾のほうが性格が悪いところも含めて相性が良さそうなものだけど、二谷が押尾を結婚相手として考えることはない。

芦川が、何の疑問も抱かずに「ちゃんとした食事」をゴリ押ししてくる感じ、そして芦川が用意した食事やお菓子を問答無用で「おいしい!」と言って食べなければいけない感じ――私は実は結婚式が苦手なのだけど、それはこの小説の芦川のようだと感じることがあるからである。

(最近はそうならないように工夫している夫婦もいると思うけど)ジャンダーバイアスが強いイベントであるにも関わらず、祝いの場だからそれを言っちゃいけない感じというか、「おめでとう!」「いい式だったね」以外のコメントが許されない感じというか……。「ファーストバイトっていつから始まったものなんですかね? 戦後かな?」とか言っちゃいけない雰囲気が苦手だ、とか言ったらやっぱりすごく怒られそう。そういえば、新婦が新郎にケーキを食べさせる意味は「一生おいしいごはんを作ります」だった。

きちんとしたごはんを食べること、他者を気遣うこと。問答無用で正しいとされるそれらのことに、じわじわ圧殺されていく様子を、この小説は描く。レビューサイトを見ると、本書を「胸糞悪い小説」と評する声もある。それでもやっぱり、この小説はある種の生きづらさを感じている人たちを救うと思う。

Text/チェコ好き(和田真里奈)