男を刺激しないように…

え、距離近っ……と思いつつ、フロントにはホテルの従業員がいるし、その近くには制服を身に着けた警備員だって立っている。部屋よりも夜の風に当たって飲んでいるほうが気持ちいいし、あからさまに移動したりすると、変に男を刺激してしまいそうだし、といろいろ考えながらも、やっぱり怖いは怖い。どちらからともなく「そろそろ部屋に戻ろうか」と言い出して、心なしかほっとした顔の警備員に見送られながら、エレベーターに乗り込んで、部屋のある5階のボタンを押し、ドアが閉まる……と思った直後、ギブスの腕が扉の隙間にガッと割って入った。「え!?」と凍り付くわたしと女友達。ゆっくりと開くドア。微笑みながら乗り込んでくる男……ホラー映画か!

反射的にわたしも女友達もエレベーターを走って飛び出して、警備員に駆け寄り「さっき話しかけてきた男がエレベーターに乗ってきた。階数ボタンを押してあったので、フロアがバレている。怖いから部屋まで送ってくれないか」と頼んだところ、快く承ってくれた。

無線で仲間に状況を報告している警備員とともに、エレベーターホールに移動。するとエレベーター脇の階段から、別の警備員が下りてきてタイ語でなにかをいうと、わたしたちの脇にいる警備員がおもむろに警棒を伸ばした。緊迫した雰囲気が漂う中、「これで、到着したエレベーターに男が乗っていたら、ホラー映画のテッパン展開すぎる。まぁ、まさかね」と嫌な予感を打ち消しつつ、エレベーターが到着し、開いたドアの向こう側に……まさかのまさか、男が! いたっ!!!

再びダッシュでフロントの裏に逃げ込んだところ、警備員はわめきたてながら警棒を振り回して、男を敷地の外へと追いやった。逃げていく男に「テンドンいらないから!」と突っ込みをいれている女友達(お笑い好き)とともに部屋へと戻り、しっかりとチェーンをかけてその夜を過ごしたのでした。みなさんも旅行先では身の安全にご注意を!

Text/大泉りか