自分をブス呼ばわりして生きるのは楽しくない

こんな私ごときが自らを着飾るために洋服を選ぶなんて、自分をより可愛く見せるために髪型を変えるだなんて、よくよく考えてみたら滑稽ではないか? しかしそんなことを言ってしまうと、ブスはブスらしく身だしなみに金をかけず慎ましく生きろってことになってしまいかねない。
外を歩いていていちいち他人に対し「顔が悪いんじゃ服も髪も台無しだ」なんてこと思うだろうか、少なくとも自分は特別輝いて見える人以外は視界に入ることはない。顔や体型関係なく良い着こなしの人を見ると純粋におしゃれだなぁと見惚れるし、素敵な髪型の人を見ると真似したいなぁと思う。大体の人はそういうもんだろう、顔がイマイチだからせっかくの着こなしも残念だなんて思う人は少ないはずだ。

そもそも、どうしてこんなに私は自分のことをブス呼ばわりしたいんだろうか?
ブスを自称することで他人からブス呼ばわりされたときのダメージを軽減できるからかなと思ったけれど、今のところ軽減できた試しはない。より落ち込むだけだ。
自傷行為の一種ではあるかもしれない。自分を傷つけることで何か満たされる部分はある。
恥を偲んで言えば「そんなことないよ、美人だよ」と褒め慰められたい気持ちもある。自意識過剰極まりないのはさておき、しかしこれだけではないのは確かなのだ。

何はともあれ、自分のことをブス呼ばわりしすぎると生きていて楽しくないのは確か。
持って生まれたこの容姿で死ぬまで生きるのだから、開き直って服も化粧も髪型も楽しみたいものである。
まずは他人と自分を比べないことから始めよう。どうやら2024年の目標はこれになりそうです。

Text/oyumi