職場での振る舞いに感じるもどかしさ
今の時代は、結婚してもしなくても、子どもを持っても持たなくてもいい世の中のなりつつあると思っている。恋愛だって、してもしなくてもいい。それは、その人に何か欠点があるわけでも変わっているわけでもなく、ただ単純に選択の結果である。
私はそういう価値観でいたし、私の周りには趣味でつながった人が多い。だからこそ、その手の話題になることもほとんどなく、既婚者も少ない。自分で居心地のよい世界・人間関係を選んできたけれど、だからこそ勝手に世界が変わったような、社会の常識が自分の意向に沿った形で変化しているような錯覚をしていたのかもしれない。
世の中は男と女しか存在せず、全員が異性愛者であり常に恋愛をしたがっていて、女はみんな結婚して子どもを産みたがっていて、30歳を過ぎれば価値がなくなる。そういう価値観が前提としてあらゆる物事が動いているのかもしれないし、自分が何か大きな壁にぶつからない限りはマイノリティの存在にも気づけないのかもしれない。
そういうとき、私はどんな風に振る舞えば、自分らしくいられるのだろう。相手に認めてもらえるのだろう。もやもやした気持ちを抱くことなく、気持ちよく話ができるのだろう。別に職場の人間関係なんて、自分らしくいる必要も、誰かに自分の価値観を理解される必要もないと思っている。でも、どこかもどかしい。
やっぱり、へらへら笑いながら酒を馬鹿みたいに飲んで酔っ払うしかないのかもしれない。世界は少しずつ変わってはいるけれど、「ここだ」と思える場所は見つけられなくて、もどかしい。
Text/あたそ
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