自分にはない資質、いる? いらない?
『ヒカリ文集』を読んで、かつては憧れていた、だけど自分には逆立ちしても手に入らないと年齢を重ねるにつれ諦めた資質について、私はもう一度思いを馳せることができた。思いを馳せたからといって、自分もこういう資質が欲しいかとなると、やっぱりいらないけど(「最上至高」なので)……。
しかし、資質としては必要ないと思っても、自分にないもの、忘れてしまったもの、過去に置いてきてしまったものに新たに出会えたり再会させたりしてくれるから、小説を読むことはいつだって面白い。
「ヒカリ」的資質を今現在発揮している人も、かつては発揮していたけど使いどころを磨いていった人も、私のようにその資質がほぼゼロの人も、『ヒカリ文集』を読むと、人間の能力や資質について改めて考えることができるかもしれない。ヒカリに翻弄される団員たちもユニークなので、自分に近い人物とヒカリの関係について考えてみたりとか。
本当はどちらかというと「ファム・ファタールとは?」「愛とは?」みたいなことがテーマの小説ではあるのだけど、私は『ヒカリ文集』で、そんなことに思いを馳せてしまったのであった。
Text/チェコ好き(和田真里奈)
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