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  • 2016.09.20

『シン・ゴジラ』とAVのリアリティ――男優のカメラ目線に萎える女性たち

男性向けAVの技術、女性向けAVの被写体の視線、「リアリティの楽しみ方」……これらと「シン・ゴジラ」は一見すると関係性が全く無いように見えますが、実は大きな関係があるようです。今回は視聴者の目線、製作者の目線から紐解き、AVの楽しみ方をAM読者の皆さんにご紹介します!

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究 交差する視線
©by Chiara Cremaschi

 前回記事では、女優と視聴者の目が合うこと、しかも非現実的なほどに目が合うことによって、あたかも本当にセックスしているかのような感覚を与える男性向けAVの技術について書いた。
今回は女性向けAVの被写体の視線、そして「リアリティの楽しみ方」について書きたいのだが、その前に、みなさん『シン・ゴジラ』は観ただろうか?

『シン・ゴジラ』とAVのリアリティ

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究 交差する視線
みなさん『シン・ゴジラ』は観ただろうか?

 いや、私は観ていないのだが。

 ぼーっとテレビを観ていたら、松本人志が「ゴジラのドキュメンタリー映画を見ているようなリアリティがあって、素晴らしかった」と絶賛していた。

 だが、スタジオがひとしきり盛り上がったあと、感想を聞かれた前園真聖が、ぶっきらぼうにこう言ったのだ。

「ゴジラなんてこの世に存在しないじゃないですか」

 水を打ったようにスタジオが静かになる。ちょっと遅れて、失笑が起こった。

「前園はやっぱり馬鹿だな~」と思うだろうか? いやいや、前園は実に正しいことを言っているではないか!
そのキャッチコピーが示すように、ゴジラとは虚構の存在だ。
なのになぜ、人々はみな『シン・ゴジラ』のことを「リアルだ」と評するのか?
「天皇の存在感がなかったからリアルじゃない」「ゴジラが正確に首都を狙ってくるからリアルじゃない」と言う前に、「ゴジラがいるからリアルじゃない」と言う人はなぜいないのか?
もっと言えば、「こんなところにカメラがあるはずがない! われわれのためにフィルムを持ち帰ったのは誰なんだ! リアルじゃない!」と言ったっていいではないか!

 馬鹿げたことを言っているだろうか。まあ、そうかもしれない。
我々は、自然に、無意識に、目の前の嘘を嘘だと知りつつ、しかし「本物のようだ」と思い込んで楽しむ鑑賞法を身につけているのだ。これが、前回と今回を貫くテーマである。

 もしも、あなたが男性向けAVを観ていて「こんなに都合のいい女がいるわけない」と思ったことがあるなら、それはある意味「ゴジラはいない」論法だ。
そして「カメラ目線でセックスするなんておかしい」と思っていては、少なくない数のAVが観られなくなるというのも、前回書いたとおりである。
しかし、AVを視聴する女性はどうやら、カメラ目線の嘘くささが気になってしまう人が多いようなのだ。

目が合うのは嘘くさい?

 原因ははっきり言ってよく分かっていないのだが、AVを視聴する女性は、前回指摘したようなカメラ目線の嘘くささが気になってしまうことが多いようだ。
たとえば「SILK LABO」の牧野江里は、ライター雨宮まみ「『女性向けだから、男の裸を中心に見せる』という発想にはなりませんでしたか」という質問に答えて、次のように語っている。

 男性向けのAVのジャンルで『主観モノ』という、女優さんとセックスしている男の主観目線で撮影して、女優さんがカメラを見つめて、まるで自分に話しかけているかのように話しかけたりいろいろしてくれたりするものがあるんですけど、それを男優さんでやったことがあるんですよ。

 でも、けっこう女は『この人、撮影現場でカメラに向かってこんなこと囁いてたわけ?』とか冷静に考えて冷めちゃうんじゃないかと思えてきて、男中心にではなくシチュエーション全体を見せる自然な撮影を心がけました。

(太字筆者、「特集『女性向けAVの現在形』:アダルトレーベル『SILK LABO』プロデューサー・牧野江里 インタビュー」より)

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究 交差する視線
©『Eyes on you 鈴木一徹』

 ここで牧野が言及している作品は、おそらく2010年12月発売の『Eyes on you 鈴木一徹』である。
この作品では、5分40秒時点から、次のチャプターが始まる31分10秒までの約25分30秒間は、ほぼ女性主観映像である。

 2人で料理を食べるシーンなどが終わった14分40秒以降をひとまとまりの性行為シーンだと考えると、実に約16分30秒ものあいだ一徹と視聴者の間に視線の蜜月は続くことになる。

 しかも、キスシーンとフェラチオシーンでは、前回指摘した例の「キュビズム的視線」、つまり同性(ここでは女性)の身体を客観的に眺めながら、しかし異性と「主観」でばっちり目が合う構図が現れるのだ(逆に言えば、キスシーンとフェラチオシーンにしか現れていないのだが)。

服部恵典 東大 院生 ポルノグラフィ 研究 交差する視線
©『Eyes on you 鈴木一徹』

 けれども、インタビューで語られているとおり、性行為シーンでの長時間の女性主観、キュビズム的視線は『Eyes on you 鈴木一徹』以降SILK LABO作品から姿を消している(加えて言えば、手淫で射精して精液が映るシーン、男優のオナニーシーンがあるのもこの作品だけである)。

 女性向けAVでは、女性主観の映像が全くなくなったわけではないのだが、男性向けAVよりは圧倒的に少なく、あったとしても性行為未満のイチャイチャしたシーンばかりなのだ。

男優と女優にカメラはどう見えているか

 男性向けAVは「交差する視線」を好み、女性向けAVはこれを嘘くさいとして退ける。
興味深いのは、この違いが単に男性向けAV視聴者と女性向けAV視聴者の好みの差にあらわれるだけでなく、演じる側、すなわち女優と男優の側にある「視線」をめぐる感覚の差にもあらわれていることだ。

『Filled with you 一徹』の特典映像には、出演した一徹、友田彩也香と監督の3人での待ち時間での会話が収められている。一徹が主観撮影が苦手であることについて語ったその会話は、被写体たる男優・女優の立場から「視線」について語られたものであり、これまでの議論を裏側から補強する。

一徹:[いま話してたのは]主観が無理だから、っていうこと。
友田:あー。
一徹:よくできるね。
友田:主観のほうが楽ですよ。
一徹:え、何言ってんの。
友田:え、何か、私は、最初ファンの人を思い浮かべるんですよ。
一徹:でも、違うじゃん。このなんか、丸い……[カメラを指さす]
友田:ファンの人が、見てくれてると思うんですよ。これを、オーバーアクションを見てくれてると思うと、そっち向いちゃいますよ、勝手に。
一徹:……はー、なるほど。
友田:私もやっぱり、ここに[一徹の顔の隣の空間を手で示す]こうやってカメラあるじゃないですか。こっち[カメラ]見なきゃいけないけどこっち[一徹]見ちゃうんですよ。男優さん見ちゃうじゃないですか。
一徹:いや、見ちゃうよ、全然見ちゃうよ。
友田:でも、ファンの人が見てくれてると思うとこっち[カメラ]向いちゃうんですよ。

 男性向けアダルト動画における、まるで女優と目が合っているかのような視聴者の感覚は確かに錯覚である。しかし、友田はその幻の視線をしっかりと受け取っている。
女優と男性視聴者のこの相思相愛的幻視に対して、一徹の目には、カメラはカメラにしか見えていない。
一徹と女性視聴者の間にはカメラのレンズ、画面の液晶が壁となって立ちはだかり、視線が遮断されているかのようである。

 見方を変えれば、一徹の口癖「見てて」も興味深い。
一徹がカメラとの視線の交差を苦手とすること、および「見てて」という女優への視線の要求は、AVの男性視聴者の女優との「交差する視線」への指向を、一徹という男も共有しているということを示しているといえるかもしれない。

 ゆえに、女性向けAVにおいて視聴者の視線は、一徹と女優の間の「交差する視線」に垂直に交わるように、第三者的立ち位置から注がれなければならないのだ。

 もちろん、「だから女はだめだ。AVの見方が分かってない」と言うつもりは全くない。男女の鑑賞にはただ違いがあるだけで、優劣はない。
しかし私などは、「一徹! 俺のこと見てて!!」と思ってしまうのだが、女性はそうでもないのだろうか?
見られたら見られたで、なんだか照れてしまうのだけれども。

Text/服部恵典

次回は <AV女優でオナニーする人間の倫理――杏美月の結婚と紅音ほたるの死>です。
「性の商品化」やAV女優の出演強要問題については語ることは難しいという、現役東大大学院生の服部恵典さん。しかし、タートル今田監督『杏美月のすべて』と、元AV女優の紅音ほたるさんの突然の死から、AVの倫理について気付かされたことがあったそうです。AM読者の皆さんも、一緒に考えてみてはいかがでしょうか。

ライタープロフィール

服部恵典
東京大学大学院修士課程1年。同大学卒業論文では、社会学的に女性向けアダルト動画について論じる。

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