私には他者が必要だ。だから恋人ともセックスとも理不尽な世の中とも戦う/紫原明子・AM8周年記念

幸せになろう

せっかくAM8周年のお祝いなのだから、何か明るいことを書きたい。ふざける心を忘れず、下手に飾らず、それでいてきちんと骨太なAMらしい文章を。

先週半ば、そんな風に息巻いて書き上げた文章は提出直後に編集長の金井さんからそっと差し戻された。
「もう数日待てますから、ゆっくり考えてください」
金井さんはその原稿をなんとか生かそうと、ここはこうしたらどうですか、 ここはこういう風にしてもいいかも、と細やかな提案をいくつもくれたのだけど、気を遣って直接言わないでくれているだけで、残念ながらその原稿が全然よくないことは明白だった。さらに金井さんはこんな風に言った。
「何となくこれを読んで、今の世の中の事件で感じた明子さんの悲しさみたいなのが伝わってきました」

実際その記事を書いている間は苦しくてたまらなかった。
締め切りをオーバーするくらい時間をかけたのに何一つ面白いことが思いつかず、むしろ考えれば考えるほどあらゆる言葉から色や匂いが消えて次々と無になっていく。自分の中にちょっとはあったはずの感受性が突如ザルのように役に立たなくなって、あらゆる情報が網の目をすり抜けていく。何か一つでもひっかかってくれるものがあれば書けるはずなのに、一向にそれがない。こうなったら最早力技しかない。仕上げた記事では「セックス」と30回くらい連呼する形で着地させたが、普通に考えてそんな記事が面白いはずがないし、出落ちのように使われたセックスにも申し訳なかった。

この原稿に取り組み始めた丁度その頃、地球上で誰も免疫を持っていなかった新しいウィルスが、ついに日本でも流行しつつあった。国内で予定されていた人の集まるイベントは次々と延期、中止となった。中国に引き続き、ヨーロッパでも何か大変なことになっているらしい。重体になりやすいのは持病がある人とシニアで、ほとんどの人には大した脅威ではないから過剰に恐れてはいけない。そんな風に言われていたのに突如、政府からの要請で全国の学校を一斉に休校することになった。根拠や必然性が十分に説明されることもなく、細かな対応は自治体と家庭とに丸投げされた。なんとか危険を乗り越えることができたのかと気を緩めた直後にオリンピックが延期になって、それ以降事態は急変した。各地で不要不急の外出を控えるようにとの通達が出され、医療崩壊は既に始まっている、首都封鎖はいつ起きてもおかしくない と有識者がしきりに訴える。ウィルスへの恐怖と、政府の対応への不信感、新しい暮らし。約一ヶ月前には予想もしていなかったことが次々と起きる現実の中にいる。