ルールが変わり始める90年代
性に活発でも活発じゃなくても問題視?

――「尽くす女がいい」の出自が気になっていたのですが、家の主に属するという強い意識に影響されている気がしました。

大森

規範やルールがどのように形成されるかというと、一つは制度や規則が基になるもの、二つ目は人間の相互行為の中で自然発生的に生まれるものがあります。なので、この頃は「家制度」の影響が強いと思います。ただし、恋愛結婚が主流になってからも、恋愛とは女性を家父長制度下における「父の支配」から「夫の支配」へと移行させるものにすぎないと、上野千鶴子先生は『近代家族の成立と終焉』(1994)でおっしゃっています。

―― なるほど。では、時代が進むにつれて規範は変化していくのでしょうか。

大森

当然あると思います。戦後70年代くらいまでは「純潔規範」や「ロマンティック・ラブイデオロギー」が強いです。それが変わり始めるのが90年代。性が商品化され始めます。

―― 具体的に何が起きたのでしょうか。

大森

援助交際やブルセラが流行ります。それまでは青少年の性行動調査の統計を見ても、男性の方が性交経験率が高く推移していますが、90年代には女子高生の性経験率が男子高生を上回り始めます。その背景に、性の商品化があったのではと言われています。
ただ、現在ではまたちょっと違ってきて、たしかに90年代は性行動の低年齢化や、規範のゆるみが問題視されていましたが、2000年以降はむしろ恋愛しない・セックスしないことの方が問題視されますよね。性的に活発でありすぎるのも問題視されるし、しないのも問題視されると。

―― どっちならいいんですかね!(笑)ちなみに、2000年代以降しなくなったのは、90年代の反動でしょうか。

大森

ひとつは、経済環境の影響が大きいでしょう。バブルから90年代までは恋愛至上主義で、むしろ恋愛しないほうがおかしいという圧力があったと思います。今はそこまで強い圧力はありません。
ただやはり、結婚というより子どもを産まなければいけないという規範意識は根強いです。
私の調査によると、20代後半から、それまで恋愛に関心がなかった若者たちも恋愛市場に戻ってくる傾向があります。日本の場合は、結婚してから子どもを産むという嫡出規範も強いですから、仕事や遊び中心だったものが、出産年齢に対する焦りによって戻ってきているのではないかと考えています。
事実婚や同棲しているカップルの間に生まれた子供が、過半数を占めているヨーロッパの主要諸国と、全然違う状況にあると思います。

―― この嫡出規範というのは、法律や憲法によるものでしょうか。

大森

その影響はあると思います。結婚しないで子どもを産むのは損だと。税金とか、相続とか、非嫡出子に対する差別とか、ちょっとずつ変わってきているとは思いますが、意識的にはまだ残っていると思いますし、相続に関する部分で、民法の改正があった事実すら一般的には知られていないのではないでしょうか。