虚像『港区女子』に憧れる女子への通告/マドカ・ジャスミン

西麻布、六本木をはじめとする歓楽街で飲み歩くことをステータスとする「港区女子」、そしてそんな港区女子たちを囲う力があることを見せつけ自らを誇示する「港区おじさん」。虚像だらけのキラキラした世界はどうして生まれるのでしょうか?

港区女子にあこがれる人に警鐘をならすきじのサムネイル

 昨今、ネットを中心にメディアでよく見かけるワード『港区女子』。
言葉だけが独り歩きをし、その実情があやふやでまるで現代のおとぎ話や都市伝説と言っても過言ではない。
 
 そこで今回、『港区女子』の正体から、彼女たちが量産されている背景などに切り込もうと思う。
 
 彼女たちは、一体何者なのか。

『港区女子』を定義する。

 実は、『港区女子』を定義するところから少しばかりの争いが起きる。
一般的に港区女子といえば、西麻布・六本木を中心とした港区を縄張りとする女性を指すと思われている。しかし、一部からは「生まれも育ちも港区でなければ港区女子ではない」という声も挙がる。確かに後者のようないわゆるサラブレッドもいるが、ネット上でよく取り上げられていたり、街に常駐していたりする女性のほとんどは間違いなく前者だ。

 出身も神奈川・埼玉・千葉の東京以外の首都圏に始まり、地方勢も少なくない(私も神奈川出身であるため、よくイジられるという余談も)。後者のサラブレッドや都心近くで生まれ育った人たちが港区で遊んでいるのは、単に高校時代までの遊び場からランクが上がっただけで、ごく自然な流れに過ぎない。
問題は、大学生になってから都心で遊ぶようになった人たちだ。上京組なんかもこれに属する。この層は何といっても、東京の煌びやかさに耐性がない。(東京ではよくある)有名人との遭遇なんてしてみようなら、少なくとも一か月は夢見心地だろう。お酒の種類もろくに知らなかった子たちが「ヴーヴ不味い」なんて言い出すようになるのを何人も見てきた。

 大学デビューと同時に港区デビューを果たした子たちの中でも、特に自分に自信がなく承認欲求が強い、断れずに受け身でいる子はどんどん眠らない街に沈んでいく。何かに懸命に取り組むわけもなく、結果を積み上げる気もない。
その結果、「すごい人たちと飲んだ」「誘いの連絡が止まらない」「この金額のタク代を貰った」という他人がいなきゃ成り立たない物差しで自分の価値を測り始めるのだ。求められているのは自分自身ではなく、“若い女”という要素、ただそれだけというのに。
もちろん、中にはそれを理解している人もいる。が、残念なことに大半はそうじゃない。理解はおろか、どんどん男性に対する態度が横柄になっていく。

 『港区女子』とセットで広まっている『ギャラ飲み』も、本来はパッケージング化されていなかった。昔から、終電の時間を過ぎても飲み会に残っていてくれた女性に“車代”“足代”としてお金を渡すこと自体は文化・礼儀として根付いている。そのお金が“ギャラ”と言葉を変え、今に至るわけだ。
現実、40代ぐらいの方は『ギャラ飲み』の単語にハテナを浮かべことが多い。なので、『ギャラ飲み』という流行に乗っ取っている自分に酔い、お金を受け取る側=偉いと思っているのなら、自分の立場を理解したほうが今後のためだ。若さで許されていた傲慢は、徐々に身を蝕むのだから。