村上春樹の作『羊をめぐる冒険』に「誰とでも寝る女の子」が登場する。そういう人はいるのだろうな、と思っていたのだが、まさか自分も会うとは思わなかったし、彼女と寝るとも思っていなかった。
小島さんは当時、とある出版社の編集部所属の社員だった。彼女が43歳で、ライターである僕が27歳のときに初めて会ったが、僕の直接の担当というわけではなかった。30代前半の男性編集者のデスクで雑談をしていたところ、小島さんを紹介してもらえたのだ。バブルの時代に若手として仕事をしていた関係で、さまざまな文化に詳しく、派手な格好は当時の残り香があった。「派手な顔」をしていて、モテそうに思えた。
特に彼女と仕事をする、というわけではないが、「一応編集部のメンバー、全員知っておいて」といった感じで名刺交換をした。以来僕はその男性編集者と組むことが多かったため彼のデスクに行くことは多かった。そんなとき、毎度小島さんには「こんにちはー!」と挨拶をしていた。
こうした関係が約1年続いた後、男性編集者と一緒に取材をした後、中華麺チェーン「幸楽苑」でビールを飲んで餃子を食べていたところ、彼が突然切り出した。
「ニノミヤ君さ、ウチの編集部に小島さんっているじゃん」
「はい、いつも編集部に行くと気さくに声を掛けてもらってます」
「小島さんがキミに仕事を出したいと言ってるんだけどどう?」
「嬉しいですね。ぜひお願いします!」
こう返事をすると彼はもじもじとし始めた。どうしたのかと訝しがったがこう言った。
「あのさ、あの人、『誰とでも寝る女性』なんだよね。オレらの編集部の男全員が多分寝ているし、オレも寝てる。場合によってはニノミヤ君もそういった展開になるかもしれない」
これはこれで嬉しい話だった。そして、こんな話を聞いてしまうと、小島さんとより多く喋りたくなる。もちろんこちらは出入り業者で小島さんのような社員はクライアントにあたるから自分から飲みに誘ったりはしないが、その好機は意外と早く来た。
東京・渋谷の飲み屋取材の仕事が小島さんから来た。渋谷は「若者の街」という言われ方をされがちだが、案外オッサン向けの店は多い。そうした店の取材をしてほしい、というオーダーだ。
店のセレクトについては「任せる」と言われ、僕は2週間で6軒の店を取材し、これらを全4ページで紹介した。
小島さんは僕の文章を気に入ってくれたようで、雑誌の発売後、「打ち上げしようよ」と言ってきた。
「今回の店で一番気に入った店に行こうよ。予約しといて」
僕は、円山町のラブホテル街にある居酒屋を予約。当日彼女は約束時刻通りにやってきて、2人して「かんぱーい」と打ち上げが開始した。
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