女友達からの意外な指摘

ついに僕もその頑固さには匙を投げるしかなかったのだが、この話を友人の朋子にしたら「ニノミヤ、アンタ馬鹿ね」と一言言われた。

「どういうこと?」

「あのね、その女の人は、本命の彼氏がいるの。多分、アンタよりも髪の毛が短いね。布団の中にアンタの長めの髪の毛が入っているのがバレるのを避けるべく、『床が好き』という方便にしているだけ。だってアンタ、彼女の家に泊まったことないんでしょ?」

確かにそうだ。毎回終電で帰り、泊まらせてくれることは絶対にない。クローゼットの中に布団は入っているのだろうが、彼氏とはその布団でセックスをするのだろう。もしかしたら彼氏はソムリエか何かで鋭意な嗅覚を持っており、他の男のニオイを瞬時に嗅ぎ分けてしまうのかもしれない。

そうならばそう言ってくれればいいのだが、山口さんはあくまでも「床が好き」と言い続けた。そして4月に入り、この日は床暖房を切ってセックスをしたが、「今日で最後にする」という覚悟を持って臨んだところ、彼女から逆に切り出してくれた。

「ニノミヤさん、今日で最後ね。私さ、結婚するんだ。岡山に行って、主婦になる。別に仕事もそんなに好きじゃないから、彼の地元・岡山に行く。いずれ彼、お父さんの会社を継がなくてはいけないから、早い内に帰りたいんだって」

この日が山口さんと会う最後の日となったが、その後、僕の膝と肘の傷は日に日に減っていき、それは山口さんとの奇妙なセックスの日々の記録が消えていくそこはかとない寂しさもあったのだ。果たして彼女は岡山で幸せにやっているのか――。転ぶ少年を見たり、膝小僧を擦りむいた少年の姿を見る度に彼女との「床セックス」を思い出すのである。

Text/中川淳一郎