先日、家族で外食をした。
日中、僕は仕事、妻と娘は“ママ友”達の集まり。
それぞれの予定を消化した後、店で合流し、晩飯を共にする・・・そんな段取り。
近所でも旨いと評判の小料理屋。
所謂、“行きつけ”である。
先に店に着いたのは僕。
思いのほか、仕事が早く終わったせいだが、おかげで、約束の時刻までは、まだ随分とある。
夕刻を少し過ぎた位の、まだ早い時間帯。
店内の客の姿もまばらである。
カウンターには、常連の老人が一人。
後は、掘りごたつ仕様の座敷に、仕切り代わりの簾(すだれ)を挟んで、僕と、一組の家族連れ。
それだけ。
若夫婦と小さな男の子の三人家族。
僕の娘より、少し年長だろうか。
瓶ビールを注文し、“つきだし”をつまみに一人飲んでいても、
「“一発屋”が昼間から酒飲んでるわー・・・やっぱ、暇なのかな―・・・」
そんな好奇の目に晒されることもない。
“行きつけ”万歳である。
すると、隣の席から声が漏れ聞こえてくる。
“仕切り”と言っても、簾・・・防音効果などない。
いや、そもそも、“あの声”を無効化する素材など、この地球上に存在するのか。
母親の剣幕は凄まじく、声の“風圧”で、簾が捲れ上がり天井に張り付かんばかりである。
とにかく、あり得ないボリューム。
矛先は彼女の息子である。
どうも、“お受験”を控えた身にも拘わらず、テストの出来が悪かったようだ。
断っておくが、別に聞き耳を立てていたわけではない。
おそらく、店中の人間に聞こえている。
時折、父親が、
「まあまあ、家に帰ってから話そうよ!」
なんとか、執り成そうとするのだが、
「子どもの世話を毎日してるの私なの!こんな時だけ口出ししないで!!」
即座に、やりこめ、沈黙させる。
ザコキャラ、もとい、夫を瞬殺した彼女は、
「もっと“丸”を使って、何か書けるようにしなさい!」
再び息子に向かって説教を再開。
テーブルの上に、テストの答案用紙でも広げているのだろう。
想像するに、そこに描かれているのは、一つの「○」。
その「○」に、自由に描き足して、何かの絵を完成させろということらしい。
「子供の“創造力”を試す」
そんなお題目に基づいた設問。
「丸だと“切り株”だって描けたよね?」
「丸だったら、色々あるでしょ……果物だったら?好きでしょ?ほら!!」
すると男の子が、
「……リンゴ!」
受けて母親、
「そう!……でもリンゴじゃ駄目!!」
何の罠なのか。
「それだと誰でも思い付くでしょ?それじゃ“お試験”は通らない!!」
同じく、
(……リンゴ!)
と心の中で回答していた僕。
「お店からのサービスです!」
大将が、皮肉たっぷりに“リンゴ”を差し出し、この“鬼母”を、ギャフンと言わしてくれまいか。
夢想してみたが、勿論、そんな展開はない。
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