「積極性をもってほしい」と悩む父に、娘が見せた成長

 「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ―――――!!!」

 昼下がりの長閑な公園に、突如悲鳴が響き渡る。
そこは、伊豆の豊かな自然に加え、遊具やアトラクションも充実した人気のスポット。
休日ともなれば、カップルや家族連れで大いに賑わうが、その日は平日。
人影は疎らであった。
お陰で、地面に転がり、苦悶の表情で呻き声を上げる中年男……即ち僕の惨めな姿を目撃したのは、"ロボットコーナー"の係のおじさんと、この夏6才になる我が娘の2人だけ。
せめてもの救いである。

 とは言え、それで今僕を襲っている右足ふくらはぎの激痛が和らぐわけではない。
両手で負傷箇所を庇いなんとか立ち上がるが、

「痛タタタタタタタ!!」

 台詞に漂う"北斗感"はさておき、歩くことは一歩たりとも叶わない。
それもそのはず。
その時、僕のふくらはぎは百裂、もとい、断裂しており、後に医者の診断を仰いだところ、"Ⅲ度"の肉離れ……全治二か月の重傷であった。

 遡ること数分前。
僕はロボットを操縦していた。
一応人型のロボだが、背丈は僕より低いくらいで頭部は無く、ぽっかりと空いた胸の部分が座席になっている。
"操縦"と書いたが、"ガシーン!ガシーン!!"とロボが歩行するわけではなく、足の裏に仕込まれたタイヤで走行するだけ……要は、ゴーカートと同じ類のアトラクションである。

「ほら―、面白いよ!?全然怖くないから!!パパと一緒に乗ろう?」
最近、初めての場所では、人見知りが激しく引っ込み思案になる娘。
再三誘ってみるが、
「いやだー!あっちのトランポリンがいい――!!」
と頑なに拒否。
(もっと積極性を持って欲しい!)
常々不満に思っていたこともあり、
「ほら、大丈夫だから!?ももちゃんも乗ろう!!」
「やだ―!のりたくない―!!」
「乗りなさい!」
「やだ―――!!!」
"ロボットに搭乗しろと迫る父親と反発する子供"……アニメ『エヴァンゲリオン』の第1話さながらのラリーを延々と続けたが、
「逃げちゃダメだ!」
かの少年の境地に娘が達することはついになかった。
「じゃあ……トランポリンいこーかー」
溜息交じりでロボから降りようとしたその時、洋服が何かの出っ張りに引っ掛かり、
「おっとっと!」
一瞬バランスを崩した僕は右足一本での着地を余儀なくされる。
せいぜい30センチ程度の落下だったが、何しろ当方体重130キロのおデブちゃん。

(ムチューン!!ブチブチブチ!!!)

 嫌な音が体内を駆け巡り、鼻差で激痛もゴールイン……で、冒頭のシーンである。

「パパ―、どうしたの?だいじょうぶ?」
娘の声はか細かった。
表情は不安気で、何が起こったのか理解出来ていない様子。
無理もない。
つい先程迄、施設のパンフレットを宝の地図の様に広げ、
「ね―ね―パパ―!これとこれとこれにのろ―!」
「あと、フリスビーもやろうね―!!」
などと楽しく盛り上がっていたのに、この有様。
"脂汗のフォンデュ"と化した父が、息も絶え絶えで足元に横たわっている。
件のエヴァっぽいやり取りの後だけに、自分のせいで僕が怪我をしたなどと、あらぬ罪の意識に娘が苛まれてはいけないと、
「……だ、大丈夫……だよー……」
声を絞り出すが、勿論大丈夫ではない。
みるみる腫れ上がり、肥大化していく右足に、
(やばいやばいやばい……)
明日からの仕事の件も頭を過ったが、何よりやばいのは"今"である。
遊園地に訪れてから、まだ十分程しか経っておらず、そもそも何一つ遊んでいない。
十年程前、人気番組『逃走中』に出演したとき、開始三十秒でハンターに捕まった記憶が蘇る。
今回も同じ……見せ場もなく台無しである。

 すると、朦朧とした僕の視界の端に人影が現れた。
ハンター、いや、妻である。
公園に訪れてすぐ、
「ちょっとトイレに行って来る」
と別行動していた彼女は、呆然と立ち尽くす娘と地面に転がる夫をしばし眺めた後、

「えっ、魚!?」

と小さく叫んだ。
パニックに陥った人間の思考は滑稽である。
説明せねばなるまい。