私の力で私のしたいことを

私は、好きな人と楽しく食事したいだけなのだ。相手が友達でも恋人でも、形容しがたいエッチな関係だとしても。相手が男の子でも女の子でも、もしくは「私はドラゴンっていう新しい性別の人間です」と言ったとしても、そんなことはどうでもよくて、あなたとご飯が食べたい。お酒が飲みたい。

金よ、愛情をなめるなよ。お前に買収されるほど、現代人は甘くないのだ。私たちは、私たちの楽しい時間のために、お会計をピタリと2で割りお金を払う。そこに何の疑問もない。

こんなこと言うと母世代からは「お金、出してもらえないの?」なんて心配されちゃう時もあるけど、違う違〜う!そもそも出してもらおうと思ってないのだ。「何となく男の子が払う呪い」はもう死んだんだし、楽しさは自分の力で手に入れたいのだ。私たちは当たり前のようにみんなでお金を払う。っていうか、払いたいの!私はお金を!払いたいの!

奢ってもらうことだって、もちろん楽しい。嬉しい。でもその気持ちの源は、シンプルであってほしいのだ。「誕生日おめでとう」だとか「いつもありがとう」だとか、そういう、なんてことないことを理由にご馳走してほしい。

邪な理由でお金を払われても困ってしまうし、そういうことならマジで普通にお金払う。まぁ、そんな邪な人と食事になんて行かないけど。なぁんて言うと「ゆとり世代だねぇ」と言われがちだけど、違うよ逆逆!!ゆとりがねーんだよこっちはよぉ。好きでもない人と食事に行く金銭的ゆとりも時間的ゆとりもないの。好きな人と食事に行くだけで、人生なんてすぐに終わっちゃうんだから。

それから、もちろん奢ってもらった食事も美味しいけれど、私だって奢りたい。え、奢りたくない?だって、奢ってもらうと嬉しい気持ちになるわけだから、私だって相手を嬉しい気持ちにしたい。

年下だからとか、女の子だからっていう理由で奢ってくれようとする優しい大人がたくさんいるけど、ちょっと待ってよ!私だってみんなを喜ばせたいよ!独り占めしないでよその気持ちよさ!!汗水垂らして稼いだお金で、大好きな人を喜ばせたい気持ちは全員にあるはずだ。

お願いしますよ〜私にも払わせてくださいよ〜。

呪いは死んだから

奢りあいたい。何かにつけて、いちいち奢りあいたい。
給料日前は、きっちり2で割りたい。そうやって、お互いに無理のない範囲で、ずっと一緒に美味しいものを食べていたい。奢るとか奢らないとか、そんなの本当はどうでもいいのだ。そこに意味はない。大切な人と美味しい時間を過ごしたくて食事に行く。おしまい。奢っても奢らなくても、奢られても奢られなくても、起きることは同じであるべきでしょ?どっちにしたって、楽しいでしょ?忖度を持つのはやめにしようよ。呪いは死んだし、次の次元に進みましょう。

って、なんかこれはある種子供に戻るみたいなことだな・・25歳になったのに・・・あれ・・・・

TEXT/長井短

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