ヨットハーバーでヨットに乗らない?

「ニノミヤさん、明日の外回りだけど、横浜方面じゃない。そのままさ、ヨットハーバーに行ってヨットに乗らない? 普段みたいにスーツは着ないで、普段着で一緒に〇社へ行き、そのまま京急に乗って逗子のヨットハーバーへ行こうよ」

彼女は年上の仲間達が共同保有するヨットのご相伴にあずからせてもらっているのだという。彼女自身はヨットの操縦はできないが、開けることはできるし、ヨットハーバーの鍵の取り出し方などは把握しているようだ。海に出るというわけではなく、ヨットの中で酒を飲もう、という話のようだ。「今日来る人は誰もいないから大丈夫」とのこと。

この日、僕らはたくさんのビールを買い込んで、ヨットの中で宴会を開始した。エアコンも利いていて実に快適だ。1時間ほど酒を飲み、二人してトローンとしてキスをしたところで、ガタンと音がしたため、すぐさま僕らは離れた。すると、上半身裸の男がこちらに向かってくる。僕らがいたのは半地下のような場所なので、彼のことを見上げる形になった。

上半身裸の男は…

彼はこちらに手を振ってきて「おーい、開けてくれー! カギは誰かが持って行ったってことで来たんだよ。理恵子ちゃんか~。で、そちらさんは?」

「理恵子さんの仕事相手・ニノミヤと申します。今日は誘ってもらえました」

「おお、そうか、オレは加藤っていうんだよ。せっかくだから海に出てみるか!」

正直理恵子さんも僕も「余計な時に来やがって……」とぷんすかしていたのだが、加藤氏のこの申し出を断るのも不自然である。かくして3人でしばらく海の上で過ごし、日が暮れる頃にハーバーに戻ることとなった。その後、親切な加藤氏は車で我々を送ってくれることとなり、横浜の理恵子さんの最寄り駅で彼女をおろし、僕のことは品川まで連れて行ってくれた。

何から何まで「間の悪い」人物だったが、あちらとしては「一人で過ごすつもりだったが2人いてより楽しかった」「車で送って親切をしてあげて感謝された」と実に徳の高い行為をした一日となった。その後、理恵子さんと僕はヨットにのることはなかった。

「だれがいつ来るかわからないからね……。本当にあの時、全裸になってなくてよかった……」と今でも語り草になっているのだ。

Text/中川淳一郎