「自分は特別なんだ」と思い込んではいけない

さて、厳しいことを言わせていただきますが、Aさんからしてみたらあなたはかなり都合がいい存在なので、話をなんでも聞いてもらえて気分がいいだろうな、存分に自尊心が満たされるだろうな、と感じました。
だって、自分のことをずっと好きでいてくれて、彼氏の愚痴を言おうがノロケを言おうが否定せず聞いてくれるうえに、何においても自分の意志を尊重してくれるなんて最高でしょう。

「付き合えないのは足りないところや悪いところがあるからではない」と望みを持たせるような断り方をしたり、あなたの気持ちを察していながら「今の関係が終わるのは絶対に嫌だ」と引き止めたり、「彼氏は刺激9安定1、あなたは刺激1安定9」と比較して細かく評価をし、もしかしたらチャンスがあるのでは……? と期待を持たせるような言い方をしたり、「彼氏とはまだ何でも話せる仲になっていない(だからあなたに連絡をする)」などと、あなたのほうが勝っている部分があるように暗に伝えたり……自分のことを何でも認めてくれる、尊重してくれる存在を失いたくないという一心で“一番信頼できる男友達”と上手にカテゴリ分けして体よくキープしているように見受けられます。

わたしがあなたの立場だったら、Aさんに自分はあなたにひどいことをしてるのに」「どうしてそこまでしてくれるの」「優しすぎる」と泣かれたら、「じゃあ相談すんなよ、それは選ばなかった人間が言っていい言葉じゃないからな」と言っていたでしょう。

客観的に見て、あなたもAさんも自分の状況に酔い過ぎているように感じます。
あなたを都合のいい存在として扱っているAさんだけが悪いのではなく、あなたもです。
自身の心を蔑ろにされている事実を見て見ぬふりして、頼られているという上澄みだけを掬って「自分は特別なんだ」と思い込んではいけません。

もしも、「都合のいい存在でもいい」「一縷の望みをかけてAさんと今のままの関係でいたい」と思うのなら、それはあなたの選択ですから何も言うことはありませんが、自分は特別扱いされているわけじゃない、彼女の心を満たすための都合のいい存在なんだ、ということは自覚してほしいですし、あなたを思いやれない人との未来がどういったものになるかは考えたほうがいいと思います。

“何でも言い合える”関係にあなたの心は救われていますか?

あなたはAさんとの関係を「関係性に一切壁が無いので何でも言い合える仲」だと形容しています。
相談文を読んでいると、まるで何でも話せる仲になれていないAさんの彼氏と自分を比較して「何でも話せる、言い合える仲こそ至高である」と思っているように感じたのですが、いかがでしょうか。

「何でも言い合える仲」は、別に素晴らしいものでもなんでもありません。
もちろん“何でも”の線引きは明確にありませんから捉え方は人それぞれだとは思いますが、少なくともわたしとあなたとでは解釈に大きな乖離があるでしょう。
たしかに、自分の話に真摯に耳を傾けてくれる人、忌憚なき意見を言ってくれる人はとても貴重でありがたい存在です。そういった相手には、きっと自分の悩みを話したくなるでしょうね。だからといって、相手に全体重をかけて甘えていいわけがありませんし、相手を傷つけるなんてもってのほかです。
わたしは、その“何でも”には、他人のプライバシーを侵害する内容、自分の人生の選択を委ねること、自分のずるさを肯定してほしいという欲求は含まれないと考えています。
だから、Aさんが彼氏に何でも話せていない、というのは至極当然のことだと思うのです。

わたしは夫と出会って7年以上経ち、結婚してからはほぼ毎日一緒に過ごしていますが、お互いにとって大事な話はすれど“何でも”は話していません。
なぜなら、なにもかもを共有するのはたとえ夫婦でも烏滸がましい行為だと思っているから、そして自分のどす黒い感情を見せて夫に嫌われたくないから。それがおかしいとは微塵も思っていませんし、むしろ信頼し合えているからこそだと自信を持って言えます。
自分の好意を利用されている現実から目を背け、“何でも言い合える”という言葉の意味を大仰に捉え、そのポジションに特別感を見出して縋り続ける行為によって、果たしてあなたの心は救われるのでしょうか。