弱者が他の弱者を傷つけないとは限らない

7つの短編に登場する主人公たちはそれぞれ、決して恵まれた強者なんかではない。女性であったり、レズビアンであったり、裕福とは言いがたい環境で育っていたり、たくさんの理不尽な思いを経験してきた弱者だ。しかしそのことは、他の誰かを傷つけていない証拠にはならない。想像力の至らなさによって、弱者である私たちもまた、きっと他の弱者を傷つけている。『わたしに無害なひと』は、そのことを自覚させられてしまうから、ちょっと居心地が悪い。でも、居心地が悪くても、自分の無知、愚かさ、過去の言動の後悔、それらをしっかり見つめて、今日の人間関係をより良いものにしようという気にさせてくれる。チェ・ウニョンの物語は、素朴で、とても真っ直ぐだと思う。

短編『差しのべる手』には、こんなセリフが登場する。

ねえ、暗いほうからは明るいほうがよく見えるでしょ。でも、どうして明るいほうからは暗いほうが見えないのかな。いっそ全体が暗かったら、ほんのかすかな光でもお互いが見えるだろうに。(p.261)

暗いほうからは、明るいほうがよく見える。しかし、明るいほうから暗いほうは見えにくい。自分の理不尽な思いは見つめられても、他の誰かの理不尽な思いは、少し注意しないとすぐに見落としてしまう。

いっそ全体が暗かったら――それぞれにそれぞれの理不尽さがあることに思いを馳せられたら、もう少し、お互いがよく見えるようになるかもしれない。『わたしに無害なひと』は、強い言葉によってではなく、そっと、そのことに気づかせてくれるのだ。

初の書籍化!

チェコ好き(和田 真里奈) さんの連載が書籍化されました!
『寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか -女の人生をナナメ上から見つめるブックガイド-』は、書き下ろしも収録されて読み応えたっぷり。なんだかちょっともやっとする…そんなときのヒントがきっとあるはすです。